伝承・伝説

鬼 伝説上の不思議な存在 

鬼といえばどんな話を思い出しますか?

鬼滅の刃でしょうか?それとも桃太郎?

約束のネバーランドでしょうか?・・・あ、うる星やつらも鬼でした。

銀魂、妖怪ウォッチ、などなど、鬼が出てくるお話は数え切れないほど存在します。

鬼のイメージ

鬼といえば、頭にツノが2本または1本生えていて、トラ柄のパンツを履いて、手には金棒を持って、すごく体が大きくて真っ赤だったり真っ青だったり・・・

節分の豆まきで、鬼役する人ですねこれ(汗)

筆者のイメージはこんな感じですが、皆さんはいかがですか?

ちなみに、赤鬼、青鬼の色は仏教の考え方で『貪欲』と『怒り』を表すと言われています。

頭の角は、『鬼門に居座るため』だそうで、鬼門が丑寅の方角のため牛(丑)の角が頭にあって、寅(トラ)の皮を身につけているのだそうです。

鬼は目に見えない存在だった

中国では鬼は亡くなった人の魂を表すそうで、見えないもの、形のないもの、怨念的なものだと考えられていました。

人は、死を恐れていますから、『死への恐れ、恐怖』から鬼とは怖いもの、怖い感情を引き起こすものとなりました。

古代において姿が見えないとされていた鬼ですが、物の怪や疫病神の恐怖、仏教における鬼、のイメージによって絵による表現がなされるようにななったのです。

この怖いという感情が引き起こされた結果、『人に悪さをするのではないか?』という不安になり、『鬼は怖いものの代表』になったようです。

日本ではさらに仏教の概念が加わり、生前に悪事を行うと地獄で鬼の拷問や苦しみの罰を与える鬼がいると考えられるようになりました。

鬼はかつて目に見えない存在とされていた

目には見えない死後の世界などと結びついた

目に見えないものへの恐れから、

怖いものというイメージができた

仏教などと結びつき

絵として描かれるようになった

現在日本でイメージされている姿かたちのある「鬼」は、仏教が由来になっており、餓鬼道にいる「餓鬼」や「地獄の獄卒」のなどの事とされています。また、仏教に世界では鬼族と呼ばれる鬼たちがいるとされています。

日本の鬼

日本初の鬼

日本で一番古いであろう、鬼の記録は日本書紀の斉明天皇条の記録です。

秋七月の甲午の朔に、天皇、朝倉宮に崩りましぬ。
  八月の甲子の朔に、皇太子、天皇の喪を奉徙りて、
  還りて磐瀬宮に至る。

是の夕に、朝倉宮の上に、鬼有りて
  大笠を着て、喪の儀を臨み視る。衆皆嗟怪ぶ。

この鬼は大傘を着ていること以外は何もわからないのですが、大傘をきた何者かが朝倉宮の上にいたと述べられています。

朝倉宮は神の朝の座とされる目立つ山のことだと説明されています。

このことから山にかかる雲を傘と例え、まさに天皇が天へ召される旅装束に身を包んだ魂の姿だと思ったのではないかという説があります。

鬼という表現で恐怖を覚えるような

畏怖の念を表したのではないか

さらに、日本書紀の中に『鬼魅』(きび、きみ、おに)という言葉が登場します。この言葉は、異国人、外国人をさして使われました。

体が大きくて違う文化の外国人を恐れていたのかもしれない

人々は恐怖を感じていた

目一鬼

同じ頃、出雲風土記のなかで『目一鬼』(まひとつのおに)が登場し、この鬼は農民をとって食べていました。

一つ目の人食い鬼です。一つ目といえば、ゼルダの伝説のヒノックスを思い出すのは私だけでしょうか?

上記の鬼美が外国人だとすると、『目一鬼』が日本初の記録に残る鬼ということになります。

   古老(ふるおきな)伝えて云えらく、「昔、或る人、此処なる山田に烟(けぶり)たてて守りき。

     爾時(そのとき)、

目一つなる鬼来たりて、

佃人之男(たつくるをのこ)を食(くら)ひき。」

出雲風土記の阿用郷(あよのさと)の条

あよの里とは現代の島根県雲南市のことです。

この地方では日本古来の製鉄法『たたら製鉄』が行われています。出雲風土記が書かれていた時代も同様でした。

たたら製法で作られた玉鋼(たまはがね)は刀剣の材料になりました。

このたたら製鉄の作業は、いく日も不眠不休で炉の火を絶やさず燃やし続けなければなりません。

火の管理をする上で、目への負担は相当大きく、片目づつ開けて作業を行わざるを得ませんでした。

それでも、失明してしまう人も多く、一つ目の鬼はここからきたのかもしれないと言われています。

天邪鬼(あまのじゃく、あまんじゃく)

子供かあるいは、小さな鬼と言われています。

説話によると、人の声真似をするとか、人の心を察してからかうなどする妖怪として語られています。そんな様子から、ひねくれた人のことを天邪鬼なんて言ったりします。

有名は童話に『うり子姫と天邪鬼』というお話があります。

うり子姫はウリから生まれました。おじいさんとおばあさんに大切に育てられました。

うり子姫は機織りが得意で、毎日 綺麗な声で歌いながら機織していました。

年頃になったうり子姫の婿を探すためにおじいさんとおばあさんは町へ出かけました。

山から天邪鬼がやってきても決して戸を開けてはいけませんと言い残しでかけます。

そこから先は天邪鬼に騙されてうり子姫は家から連れ出されることになるのですが、結論は地方によって様々です。

天邪鬼は一般的に、男の子のように表現されることが多いのですが、もしかすると、性別があるとしたら女性?なのかもしれません。

天探女(アメノサグメ)

天邪鬼の元となったのが、古事記に登場する『天探女』です。

アメノワカヒコの従者として記録されている女神で、アメノワカヒコを巧みにそそのかし天の使いを殺すという反逆行為をさせます。

その後、天探女は神話の中には登場しません。

鬼一口

平安時代初期の歌物語『伊勢物語』に登場する鬼です。

ゆくさき多く夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥にをし入れて、おとこ、弓胡(ゆみやなぐひ)を負ひて戸口に居り、はや夜も明けなんと思つゝゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。「あなや」といひけれど、神鳴るさはぎにえ聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。

鬼は女を一口で食った、と書かれていますが、このお食事方法(?!)が『鬼一口』と呼ばれました。

※しかしこちらは、女の兄たちが取り返したことを鬼のせいにしたというオチでした。

『日本紀略』の中では、まだ生きている人の頭をかじって餌食とする、気の狂ったかのような女が『狂女』『女鬼』として描かれています。

九日戊午。有二一狂女一。於二待賢門前一取二死人頭一食レ之。此後、往々臥二諸門一之病者、乍レ生被レ飡。世以為二女鬼一。

susuharai...

秋田県の男鹿半島(男鹿市)のナマハゲは鬼ではないのでしょうか?

鬼ではありません。wikiにも説明されていました。

なまはげには角があるため、鬼であると誤解されることがあるが、本来は鬼ではない。なまはげは本来、鬼とは無縁の来訪神であったが、近代化の過程で鬼文化の一角に組み込まれ、変容してしまったという説がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%81%AF%E3%81%92

鬼とは

鬼は英語ではデーモンです。

日本ではなんとなく、ユーモラスで若干魅力的にも思える鬼ですが、

頭に牛のツノが生えていて、手には武器を持っていて、大きくて強い人。

文字にするとやはり、恐ろしい目に見えない存在なのではないか?と思えてなりません。

平安時代、藤原秀郷は本願寺の知徳上人と連携して、百の目を持つ鬼と戦ったそうで、実際に其の逸話が由来となった地名『百目鬼』という地名が現存しています。