伝承・伝説

日本の人魚伝説 生きることの意味を考える

このサイトでは古くから伝わる風習や、行事、童謡や昔話など、どこか不思議で不自然で不気味にさえ感じるような事柄を、色々な角度から紐解き、資料と、独自見解(自分の頭で考えて)で、深読みしています。

あくまで都市伝説、としてお楽しみください。

しかし、案外、あなたが求めている真実の答えは案外こんなところに転がっているのかもしれませんよ?!

この記事はこんな人のために書いています

日本の人魚伝説について知りたい人 

人魚らしき物をを食べた少女の話

この記事を読むとこんなことがわかります

人魚を食べた女の子が、800歳まで生きたという言い伝えがあることがわかります。

八百比丘尼伝説

八百比丘尼伝説 読み方はやおびくに、となります。

八百比丘尼伝説 あらすじ

やおびくにの秘密

昔、越中の玉椿というところに、八尾比丘尼という尼僧がいました。彼女は800歳にもなりながら、娘のように美しい女性でした。

実は800歳でいながら少女のようなその姿を保っていられたことには秘密があったのです。

千軒と侍が出会う

越中の黒部に玉椿という港町がありました。

玉椿は大変栄えており、その港町の長(おさ)は玉椿千軒(たまつばきせんげん)はある日、京へ登ることになりました。

旅の途中、一人の見知らぬ侍と出会いました。千軒とその侍は意気投合し、すっかり仲良くなりました。

侍が素性を告白する

すると、侍が『私は越後の三越左右衛門という、古狐なのです』と言います。

そして、『千軒さんの家まで遊びに行ってもよろしいでしょうか?』と尋ねました。

千軒は狐だとしても、こんなに気が合うのだから、ぜひ遊びにきてください。と承諾しました。

ある日のこと、狐の三越左右衛門が本当に遊びにやってきました。

狐が別荘を建てる

快く迎えいれた千軒に三越左右衛門は『これもご縁です。あなたのお屋敷の裏側に別荘を建ててあげましょう。』と申し出ました。

千軒はたいそう喜び、それならば、と申し出を受けることにしました。

狐の左右衛門は越後中の狐を呼び寄せてたちどころに別荘を建て終えました。

新築祝いの宴を催す

さて、新築のお祝いの日となりました。左右衛門は山海の珍味を揃えて、仲間たちに料理を言いつけていました。

そこへ、招かれた客の一人が台所の様子を伺いにきました。

すると、狐たちが切り刻んでいた肉がどうみても、人のような形に見えます。

驚いた客人は、他の客たちに、自分の見た様子を教えました。

やがて、御前が客人たちの前に運ばれてきました。客人たちは人間のような肉が料理されていたと聞いていたもので、誰も食べようとはせずに、懐に隠したりして口にしませんでした。

夕刻になって、新築祝いの宴が終わりましたが、酔いつぶれた客が御前をそのままにして帰ってしまいました。

それを見た左右衛門は『人間は度胸がないなぁ、この料理を食べたら長生きができたのに・・・』と呟きました。

一人の少女が肉を食べてしまう

そして、ちょうどそこに居残っていた小さな少女にこの肉を一口勧めると、少女はパクッと食べてしまいました。

この少女が800歳で尚且つ美しい娘のままであった女性で、食べた肉は人魚の肉だったのです。

人魚を食べた八百比丘尼

娘はその後、800年間生き続けましたが、いつまで経っても若い娘のままでしたが、幸福だったとは残念ながら述べられていません。

また、人魚の肉を食べたことで、この少女も人魚になってしまった?!ということも書かれてはいません。

彼女は尼になって、諸国をたった一人で遍歴する旅を生涯を続け、最期には若狭(福井県)の古い洞穴に身を隠していたそうです。

https://shachi.blog/legend/cave/

各地に伝わる伝説

この八百比丘尼の伝承は他にも、新潟県佐渡市、福井県小浜市、愛知県、岐阜県などにも詳細が微妙に違う伝承が存在しています。

興味深いことに、この人魚を食べてしまった伝説は不老不死とも結びつけられていますが、食べた人々は決して幸福な生涯を送ってはいないのです。

人魚の肉を食べてしまった娘がいる

800歳まで生きたが見た目は17、8の若いままだった

長く生きたが、幸せな生涯とはいえなかった

人魚の記録

人魚というと皆さんはどんな人魚を想像するでしょうか?世界一有名な人魚といえば、アンデルセンの王子に恋した人魚姫でしょうか?

それともギリシャ神話の海の王、セイレーンでしょうか?

ローレライ、アイルランドのメロウ、など、上半身が人で下半身が魚と言う人魚伝説は世界中にあって、私たちを惹きつける魅力的な存在です。

日本に伝わる人魚の物語の共通点

日本に伝わる人魚伝説は色々なストーリーが存在していますが、いくつかの共通点があります。それがこちらです。

人魚を捕まえて食べてしまう。(味は忘れられぬほど美味と言われている)

食べるといつまでも若さを保つ(不老不死ということではない)

性的な関係を持った異性は死に至る

鱗に触れると、自然災害を引き起こす

無病息災などの吉兆にもなる

食欲と性欲に関係していると思われます。

日本書紀に書かれている?

日本書紀の記録

二十七年の夏饗月の己亥の鞘にして壬寅に, 近江国の言さく,「蒲生河に物有り。其の形 人の如し」とまをす。 (中略)其の形,児の如し 、魚にも非ず,人にも非ず,名けむ所を知 らず

人のような形で子供のようで魚にも非ずと一見人魚を連組言うさせる言葉が並んでいますが、人魚とは書かれてはいません。

聖徳太子伝暦に書かれている人魚

しかし、厩戸皇子(聖徳太子)の聖徳太子伝暦という本には、人魚という単語が出てきます。

太子,左右二講ヒテ曰く,禍比ニ始ル。夫レ 人魚ハ端二非ル也。

今飛菟無クシテ人魚出ヅ ルハ,是レ国禍ト為ス。汝等之ヲ識レ譜

この中では人魚の出現を国禍と見なしていることがわかります。

こちらは聖徳太子が実際に言った言葉ではないという見方が一般的です。

なぜなら、先に述べた日本書紀に人魚という言葉が反映されていないからです。

古今著聞集(巻第20「魚虫禽獣」)

鎌倉時代

『古今著聞集(巻第20「魚虫禽獣」)』

漁民が「人魚」と思われる大魚が三匹連れたためそのうちの一匹を平忠盛の元へ届けにきました。

しかし、その姿は『頭はまるで人間。歯は細かく生え揃った魚のようで、口は不自然に出ていて猿のよう』でした。

漁民が近づくと、わめき叫び涙を流す様は人間の子供のようでした」

忠盛は気味悪がってそれをただちに返してしまいました。

漁民たちは、それを切り刻み食べてしまいました。結果は、

「誰にも別条はなく、その味はたいへん美味であった」と述べられています。

下半身の説明がないのですが、なかなかグロテスクな人魚には違いありません。

越中領放生淵四方浦

頭 三尺五寸
丈 三丈五尺
髪の毛長さ壱丈八尺
両腹に目三つ宛有
角丸く二本金色也
下腹朱の如く赤き也
鰭に唐草の如き筋有
尾は鯉のごとし
なく声は壱里もひゞき候

此魚を一度見る人は
寿命長久し悪事
災難をのがれ一生仕合
よく福徳幸を得ると なり

文化2(1804)年5月越中領放生淵四方浦で人魚を捕らえたという瓦版についての記述があります。こちらは頭にはツノがあって、全長11メートル。大勢の人々が450丁の銃で撃退したそうです。

人魚のイメージが少しづつ変わる

日本が鎖国していた頃に、オランダから『動物図譜』という書物が献上され、そこには異国の魚類の項にイラスト付きで人魚が紹介されていていました。

やがて、其の本は日本語に訳されて『六物新志』として出版されます。その本の中には人魚が30ページほどに渡って解説されています。そのイラストは、今の私たちが想像するような人魚に近いものとなっています。

「六物」とは、一角(ウニコウル)、夫藍(サフラン)、肉豆蒄(ニクズク)、木乃伊(ミイラ)、噎浦里哥(エブリコ)、人魚の6種の薬物のことです。治療として、人魚の肉を皮膚の黒色斑上に貼tたり、止血として骨を使ったり薬用としての人魚をつ買うことが述べられていて、人魚の存在を信じていた様子が窺えます。

アマビエ

新型コロナウイルスを鎮めてくれるのでは?とSNSで人気が出たアマビエですが『予言、警告をする謎の生き物』です。

こんな伝説です

江戸時代、肥後国(熊本県)

毎晩、海の向こう側に不思議な光が現れるという噂が広まりました。

そこで、役人や海に詳しい漁師たちが海岸を調査することにしました。

すると、真っ暗な海の波の間に青白い光が、ぽぉっと浮かびました。

噂は本当だった!

そして、青白い光は鳴き声を上げながら人々の方へ近づいてきてこう言いました。

その姿は、3本の足、体には鱗があって、顔にはくちばしがついていました。

『私の名前はアマビエである

この先数年間の豊作の後、疫病が流行るであろう。しかし、もし疫病が流行ったら私の姿を描いた絵を人々に早く見せなさい』

そう言って海に姿を消しました。

アマビエが人々の前に現れたのはこの一回限りでした。

江戸時代の摺物「肥後国海中の怪」に描かれていて京都大学図書館位保管されています。

アマビエ以前の予言するモンスター

越中(新潟県)では『くだべ』と呼ばれる謎の生き物が現れて、アマビエと同じように『私の姿を描いた絵を見るものはなもなき病から逃れられる』と告げたそうです。こちらは、人魚というよりは獣神人面と表現されています。

人魚伝説

今も昔も私たちを魅了する、不思議な人魚ですが日本に伝わる、人魚伝説の多くは、幸福とは言いがたく、人間と鬼畜との間でもがき苦しみ、人目を避けて孤独に生きていた様子が窺えます。

人として生きるとはどんなことなのか?生きることの意味はなんだろう?また、人として死ぬとはどんなことなのか?そんなことを私たちに突きつけているように感じるのは、筆者だけでしょうか?