古事記

古事記9 八雲立つ 考察

ストーリー

爾到須賀地而詔之

吾来此地 我御心須賀須賀斯

其地作宮坐

故 其地者於今云須賀也

茲大神

初作須賀宮之時 自其地雲立騰 爾作御

スサノオは都牟刈の大刀(草薙の剣)をアマテラスに捧げ、心が清々しくなったと言い、その場所が須賀となり、作った宮殿を改めて眺めます。

雲が流れるさまを見て、和歌を読みます。その和歌がこちらです。

其歌曰
夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曽能夜幣賀岐袁

『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を』

その後、クシナダの父、アシナヅチを呼び、宮殿を守る長をするように命じます。そして、これからは稲田宮主須賀之八耳(イナダノミヤヌシスガノヤツミミノカミ)と名付けます。

須賀

島根県出雲市大東町だと言われています。

清々しい気持ちになったからスガなのですが、高天原では乱暴者として描かれたスサノオですが、出雲にやってきて、美しい妻を得て、邪悪なヤマタノオロチを倒して地域のヒーローになりました。

そして、住まいを探し求めたいた時に、とても爽やかな感じのする場所を見つけたのかもしれません。

私達が神社に行くと、何故か清々しい気持ちになるような、そんなパワーを感じたのでしょうか?

和歌

宮殿が完成した時に、雲が幾重にも立ち上る美しい情景を眺め、日本史上初の和歌を詠います。堕神として、地に来たスサノオでしたから、アマテラスへの献上品を届け、美しい妻と、新しい住まい、爽やかな雲の流れに心が幸福で満たされた歌だと言われています。

出雲地名 解釈

出雲国の我が家の周りに幾重にもめぐらせた垣根を作るのだ。

その中へ、我が妻を住めせるために、八重垣を作るのだ。その八重垣よ!

出雲は雲 解釈

雲がもくもくと湧き出て我が家の周りに幾重にもめぐらせた垣根を作るのだ。

その中へ、我が妻を住ませるために雲が八重垣を作るのだ。その八重垣よ!

ヘブライ語に聞こえなくもない

ヤクモタツ イズモヤエガキ ツマゴミニ ヤエガキツクル ソノヤエガキヲ

この言葉の中で、ヤクモ、ヤエ、ヤエ 、ヤエ、と繰り返しのような音が繰り返されていることが不思議です。ヤクモタツは、雲が湧き上がって出るという意味だと一般的には解釈されています。雲が湧き上がる八重垣、妻を籠もらせる?あるいは一緒に作る?八重垣と歌っているのだとしたらとても不思議です。

宮殿讃歌ならまだしも、垣讃歌なのです。この歌の中で絶賛されているのは、垣だということです。ちょっと違和感を感じませんか?

興味深い説があります。

ヤエがヘブライ語の神ヤハウェ(神)に相当するという説です。ネット上の記事しかみあたらず、(文献がない)詳しい説明は避けたいと思いますが、その説によるとアマテラスの天岩戸のエピソードと出エジプト記で民衆の前に雲が先立って道案内したエピソードが盛り込まれているそうです。

ヤツメサスイツモ 天照大御神が岩の間から姿を現し民の先頭に立って導く

・ヤエ 神

ガ 立ち上がる

キ 壁

・ガキ 立ち上がる、 あるいは似た音の言葉ヴァヒだとすると、嘆くという意味

ツマ 喉が渇く

ゴメ 救い

・ツマゴメ二 救い(真理)の水に飢え乾き苦しい

ツクル 砂の岩

似た音の言葉にツォコルがあり、神がいない乱れた世

ヘブライ語では、ヤト発音する言葉に神に関係する言葉がとても多いので、ヘブライ語で読まれた歌だったというのは真実のような気もします。

5・7・5・7・7の心地よいリズムが突然産まれたことも不思議な気持ちがします。

このリズムパターンが実は古代ヘブライ語にも存在していたらしいのです。

ヘブライ語聖書(旧約聖書)の雲

神が先立って進むことをしめしたという記述が、ヘブライ語聖書の中に複数回出てきます。

たとえば、出エジプト記13:21、22では、主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。

 昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。

と書かれています。

出雲という地名

ヘブライ人たちが、雲の柱に先導されてエジプトの地から脱出していったことは単に偶然でしょうか?出雲という言葉をヘブライ語に当てはめると、先頭という意味があるのです。

出エジプト記の中でモーセが民衆を率いてエジプトから脱出する場面では神は雲の柱として臨在をしまします。

また、出エジプト記19:16−19には、稲妻と厚い雲とがやまの上にあり雷と稲妻が光り・・煙が山を覆うほどだと述べています。それが神の臨在を示していました。

同じように、申命記4:11、列王1 8:12では神は濃い暗闇の中に住むと書かれていて、出エジプト記でモーセが神の前に出た時に神の方向が暗い雲に覆われていたと表現されています。

仮に、この八雲立つがヘブライ語であるとするなら、スサノオは中東からこの地を目指してやってきたことになります。そして、建立した建物はまさしく、神の幕屋と呼ばれる神の臨在の場所という解釈が成り立ってしまいます。幕屋の詳細は以下をご覧ください。

モーセと契約の箱と大祭司   イスラエル人がエジ方との居住した期間は430年と書かれています。(出エジプト記12:40)430年が過ぎたその時に脱出しました。 ...
日ユ同祖論

神武天皇が前660年に即位されています。(その2代さかのぼった祖先がニニギノミコトです。このニニギが九州に降臨しています。

北イスラエル王国で10支族が散り散りになって行方不明になったのが紀元前722年アッシリア侵攻です。南のユダ王国がバビロン捕囚後消滅したのが前586年です。

部族は12あったわけですから、それぞれが違う時期に日本に入ってきたとしてもおかしくないはずです。

スサノオノミコト

この和歌の作者スサノオオノミコトですが、こちらヘブライ語で解釈することができてしまいます。

オオクニヌシへと繋がっていく

スサノオとクシナダはその後、男女の営みをし、八島士奴美神(ヤシマジヌノカミ)が生まれます。

さらに、オオヤマツミノカミの娘、神大市比売(カムオオイチヒメ)との間に、大年神(オオトシノカミ)と宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が生まれます。

ヤシマジヌノカミは、オオヤマツミノカミの娘、木花知利比売(コノハナノチルヒメ)を妻とし、布波能母遅久奴須奴神(フワノモジクヌスヌノカミ)が生まれます。

フワノモジクヌスヌが淤迦美神(オカミノカミ)の娘の日河比売(ヒカワヒメ)を妻とし、

深渕之水夜礼花神(フカブチノミズヤレハナノカミ)が生まれます。

フカブチノミズヤレハナノカミが天之都度閇知泥神(アメノツドヘチネノカミ)を妻として、淤美豆奴神(オミズヌノカミ)が産まれます。

オミズヌノカミが布怒豆怒神(フノズヌノカミ)の娘、布帝耳神(フテミミノカミ)を妻とし、天之冬衣神(アメノフユノキノカミ)が生まれます。

アメノフユノキノカミが刺国大神(サシクニオオノカミ)の娘、刺国若比売(サシクニワカヒメ)を妻とし、大国主神(オオクニヌシノカミ)が産まれます。

オオクニヌシの別名

大穴牟遅神(オオナムチノカミ)

芦原色許男神(アシハラシコオノカミ)

八千矛神(ヤチホコノカミ)

宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ)