古事記

古事記7 スサノオの追放・五穀の起源

内容

於是八百萬神共議而

於速須佐之男命負千位置戸

亦切鬚及手足爪令祓而

神夜良比夜良比岐

天の岩屋戸に引きこもっていたアマテラスをなんとか引っ張り出すことができました。

その後、八百万の神は相談してスサノオにたくさんの贖いの物を負わせ、

鬚と手足の爪を切り、罪を贖わせて追放します。

神夜良比夜良比岐

かみやらひやらひ、と読みますがこれは神が追放したという意味になります。

スサノオが課された贖罪

千位置戸(ちくらおきど)

この言葉は、祓いと関係があって、罪による穢れの贖いとして出す犯罪者に課せられた刑という意味だと言われています。

祓うということ

ハラウもしくはハラエ には大きく分けると二種類あって、イザナギが穢れを祓ったハライと、罪人が物によって賠償することで罪を贖える、祓具(はらへつもの)とがあります。

今回のスサノオは祓具だったようです。

千=非常に多い量をあらわす

位=座とも訳されていて場所を指すと思われます

戸=祓具

文章だけを見ると、スサノオがとんでもないので、懲らしめた、刑罰を科した、というふうに解釈できるのですが、あくまで、「祓え」なのだという設定です。

そして、アマテラスが命じたとは一言も書かれておらず、八百万の神たちが自主的に集まりそうなった、という設定になっています。

髭と爪

スサノオの手足のツメと書かれています。一説では髭や毛髪には邪気が溜まるとも言われていますから、単に身だしなみを整えて地上で暮らすんだよ!という意味なのでしょうか。

前節で、罪による穢れを祓う事が書かれているとするならば、こちらは賠償の追加と考えるほうが自然です。

しかし、なぜ追加されたのでしょうか?それほどまでの重罪とした理由は、高天原で罪を犯したからでしょうか?

古事記には爪を切ったと書かれていますが、日本書紀では爪を抜いたと書かれていて、であるなら相当な苦しみだったことは間違いありません。

爪や髭は、再生の象徴と見ることもできます。

切るということは生命力を奪われてその上で追放されるということです。

これは、死者として追放されたことと同じで、もともと黄泉の国にいる母に会いたいと言っていたスサノオですからふさわしい結末と言えないこともないような気がしますが千位置戸がなされてその上、死んだものとして追放されたという記述には何かしらの意図があったのかもしれません。

ヘブライ語聖書に出てくるサムソンは髪を切ると力を失いました。同様に髭を落とすことで力を奪ったということかもしれません。

中国では宦官には髭がありませんでしたから、男性として象徴的な髭を剃るということは屈辱的なことであったのかもしれません。

あるいは、髭は霊的な力、ツメは武力という捉え方もできるのかもしれません。

そのようにして、スサノオは地上に投げ出されることになります。

五穀の起源

又食物乞大氣都比賣

尒大氣都比賣自鼻

口及尻種々味物取出而

種々作具而進時

速須佐之男命

立伺其態為穢汙而奉進

乃殺其大冝津比賣神故

所殺神於身生物者

於頭生蚕 於二目生稲種 於二耳生粟 於鼻生小豆 於陰生麦 於尻生大豆

故是 神産巣日御祖命

令取茲成種

食物を大気津比売神(オオゲツヒメ)に求めます。

オオゲツヒメは鼻・口と尻から種々の美味しい物を取り出したものをスサノオに振るまっていました。

その様子を見たスサノオは汚らわしく感じオオゲツヒメを殺します。

すると、頭に蚕、二つの目には稲種、二つの耳には粟、鼻には小豆、陰部には麦、尻には大豆ができます。

神産巣日御祖命(カミムスビ)は、生じたを取らせました。

大気津比売神

オオゲツヒメといえば、伊予之二名島の阿波国を表していました。

古事記 2 神産み 創生の神々 前回は序文についてと、編纂された時代についてまとめました。今回から上巻を少しづつまとめていきたいと思っています。 ...

そのオオゲツヒメが、五穀の起源となったオオゲツヒメを指しているのかは古事記の記述には見つけることができません。同じ名前がその後も登場しますが、同一人物とは考えにくいです。

ともかく地上へ来た(高天原を追放された)スサノオはオオゲツヒメに食料を求めます。

この話の急展開からおそらく、他の伝承が入ってきたものだという見方が一般的です。

なぜ、五?なのか

古事記には五穀と 書かれていませんので、余談ではありますが、中国では五で事物を総括する習慣があったそうで、五行説(木・火・土・金・水に分類する)に通じるそうです。それで、全体の総称として五を用いるそうです。五穀といえば穀物全般という意味と解釈できます。

古事記ではこの五穀を稲・麦・粟・大豆・小豆と書かれています。

農耕起源神話

死んだあと、それが元で豊かな実りが生じるという考え方は世界中の神話にも見られます。

ドイツの民俗学者アードルフ・イェンゼンはそのような神話を2つの方に分けています。原初に神的存在が殺され死体から種々の食物が発生し農耕が始まったとされる「ハイヌウェレ型

太古に穀物の種子が天界から盗まれて人類にもたらされたとする「プロメテウス型」です。

プロメテウス型は農耕文化とともに発生した神話で、ハイヌウェレ型は穀物栽培の起源を説明する神話に変容した形で見出されることも多く、オオゲツヒメの話はハイヌウェレ型となります。

(同時に、月の起源、月の起源、月と太陽の関係が同時に扱われる場合が多い)

ウェマーレ族の神話

ココヤシの花から生まれたハイヌウェレは、様々な宝物を大便として排出することができた。

あるとき、踊りを舞いながらその宝物を村人に配ると、村人たちは気味悪いと言って、彼女を生き埋めにし殺してしまいます。父親は、掘り出した死体を切り刻み、あちこちに埋めました。すると、彼女の死体から様々な種類の芋が発生し人々の主食になりました。

神産巣日御祖命

カミムスヒといえば、造化三神の一人です。カミムスヒがオオゲツヒメの体から出た種子を取り集めて種として五穀の祖となります。

日本書紀の記述

五穀に起源を日本書紀にも見ることができます。しかし、スサノオはここには関与しません。

日本書紀では、五穀の起源と同時に「日月分離」が描かれており、アマテラスとツクヨミ完全な決別をも描いています。

日本書紀の中では、月夜見尊(ツクヨミノミコト)と保食神(ウケモチノカミ)の話という設定になっています。

このことから、ウケモチノカミとオオゲツヒメは同一であるという見方がされる場合もあります。

ウケモチノカミが陸に向かって口から米飯を吐き出し、海に向かって口から魚を吐き出し、山を向いて獣を吐き出し、それらでツクヨミをもてなそうとしますが、それを見たツクヨミは汚らわしいと言ってウケモチノカミを殺します。

その後、アマテラスがウケモチノカミの様子を見るために、アメノクマヒトを遣わします。しかし、ウケモチノカミはすでに亡骸となっており死体からは穀物の種子が生えていました。

頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、女陰から麦・大豆・小豆

頭から牛馬ということで、馬頭観音と同一視されることもあります。

この女神殺しに激怒したアマテラスは、ツクヨミと一緒に同じ天空に居たくないと言います。これが、太陽と月が交互に出現することの起源になったとされています。

先の述べた、農耕起源神話のパターンと一致します。

月の朔望と穀物

自然現象、動植物、人体にまで月の満ち欠けと関係しています。例えば、海洋生物が満月の日に産卵するなどです。

農業においても月の満ち欠けが影響を及ぼしていることは知られていて、一説では農業には太陰暦を参考にするそうです。

農業のみならず、漁業に置いても潮の満ち引きは大きく関係します。

古代の日本では太陽信仰より月を信仰していたとする説があります。

月を見ることは日にちを知ることであり、収穫時期を知ることであり、それは未来を予見することでもありました。

まさに月を読むという名前とぴったりです。

ですから、月と農耕が結びついて語られるのは何ら不思議なことではありません。

現代の日本で一般的な太陽暦は明治時代に採用されたもので、それ以前は太陰暦を使っていました。

一日の始まりの考え方も、現代の私達は朝から数えることが一般的かもしれません。さらにヘブライ語聖書に見る時間の数え方は逆で、夜から数えていました。