古事記

古事記 5 アマテラス ・ スサノオ

イザナギがみそぎを行って様々な神々を生み出し、最後に生まれた三貴子 アマテラス・ツクヨミ・スサノオはそれぞれイザナギから太陽 月 海 の支配権を委託されました。

支配領域に関しては、文献によっては アマテラスは高天原 、ツクヨミは滄海原(あおのうなばら)または夜の食国(よるのおすくに)スサノオは夜の食国または海原とされていたり、

スサノオに関する記述と、ツクヨミ、ヒルコに関する記述とがかぶっていたり、入れ替わったりしています。

古事記の記述では、スサノオだけはイザナギの命令に従わず、母神イザナミのいる根の国へ行きたいと願い嘆き悲しみます。

根の国

スサノオは根の国を母の国とよんでいることから、黄泉の国と根の国が同じ場所であると思いそうですが、そうとも言い切れません。

古事記では、根の国 根の堅州国 と書かれていて、黄泉の国と同じ黄泉平(よもつひらさか)でこの世とつながっている場所と書かれています。黄泉の国の中にある、根の国かもしれません。

ニライカナイ

柳田国男は根の国のは琉球の他界信仰、ニライカナイと同じものであるとして、本来は明るいイメージの世界だと述べています。

ニライカナイ

海のはるか向こうまたは、海底にあるとされている理想郷であり、自然からの恵みを授けてくれる神様の島でもあり、あの世・冥界でもある場所。

ニライが、根の方という意味でカナイは彼方とのことです。

古代日本では、常世の国(とこよのくに)という、海の向こうにある理想郷が信仰されていていたことが根拠としてあげられています。

梵語(サンスクリット語)の「niraya」、「kanaya」の発音との比較では、地獄に消えるという意味になります

スサノオが嘆き悲しむため、悪い神たちが猛威をふるい地上は災いで満たされていしまいます。

イザナギは、支配を任せた海原を統治せずに泣いてばかりいる理由を訪ねます。理由をしると、激昂してスサノオを追放します。

追放されたスサノオはアマテラスのところへ行って挨拶をしてから、母親のいる根の国へ行くことにします。

スサノオが歩くと国土が皆揺らぐほどだったので、アマテラスは弟のスサノウは私の国を奪いに来たのだろうと言って、髪を角髪(みずら)に結って男装し、沢山の武器を持って弓を射る格好でスサノオを待ち構えます。

スサノオが説明しますがアマテラスはスサノオを疑っています。そこで、誓約(うけい)をして子供を生むことで白か黒かケリを付けましょうという話になります。

二人は天の安河(あめのやすかわ)をはさみ誓約します。

角髪(みずら)

ヘアースタイルのことです。

角髪には耳とつながる、耳に連なるという意味があることや、古墳時代の土器や埴輪などから左図のような、センターわけで側頭部で束ねて折りたたんだ髪型であろうと考えられて、再現されています。

魏志倭人伝に男子は木綿の布で頭を縛って、幅広の普段は男性はターバンのような(?)布で頭部を巻いて隠して居たと書かれています。

おそらく髪を切るということはなかったと思われれますので、普段は髪がじゃまにならないように被り物をしていて、身分の高い人や、何かの際に角髪をしたのではないかと思います。なぜなら、この髪型を作って、美しく保つことが難しいからです。

ちなみに、服に関して、魏志倭人伝には幅広の布を結んで縫われていない服を着ていたと書かれています。

誓約(うけい)

誓約というのは、吉凶を占う占いのようなもので、事の成否や真偽について神意を伺う神判のことです。

今回の件では、〇〇ならばこうなる と予め宣言して起こった現象によって判断します。

あらかじめ、A B と二つの事態を予測しておいて、Aが起れば神意はA、Bが起れば神意はBと定めておいて、起きた事態から神意を判断するのです。

聖書に出てくる、ウリムとトンミム、中国の亀甲占い、などが似ています。

天の安河

この名称は後の、天岩戸の一件の際や、国譲りの会議などにも登場る名称です。

どこかの特定の場所を指すという見方もありますが、瀬があって、良質な漁場のひとが集まりやすい場所ではないかとする説もあります。

生まれた神々

アマテラスが、スサノオの十握剣を3つに折って天の真名井で清め剣を噛んで吹き捨てた息吹の霧から宗像三女神と呼ばれる女神たちが生まれでています。

スサノウの剣から

アマテラスが口に含んで吐き出した息吹から神々が現れます。

多紀理毘賣命(タキリビメノミコト)別名奥津島比売命(オキツシマヒメノミコト)

市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)別名狭依毘売命(サヨリビメノミコト)

多岐都比売命(タギツヒメノミコト)

故 其先所生之神 多紀理毘売命者 坐胸形之奥津宮

次市寸島比売命者 坐胸形之中津宮

次田寸津比売命者 坐胸形之辺津宮

此三柱神者 胸形君 等之以伊都久三前大神者也

宗像三女神の不思議

胸形

この三柱の神胸形君とかかれていて、胸形は福岡宗像 のことです。

ここには、宗像大社沖津宮(おきつみや)がある沖ノ島、3つの岩礁(小屋島、御門柱、天狗岩)、大島の中津宮、本土の宗像大社辺津宮があり、宗像族の墓であると言われている新原・奴山古墳群があります。

宗像族

海洋豪族でありながら、国家祭祀をも執り行っており、絶大な力を持っていた氏族です。玄界灘を沖ノ島を経由して対馬、朝鮮までも自在に行き来していました。

国家祭祀とは天皇の使い(勅使)が現地に赴き祭りをするというもので、出土された国宝から大規模に執り行われていたことをうかがい知ることができます。

そして、大和朝廷と連携して海外との交流の中心となり、親族の中から天武天皇の后となった人物もいて朝廷とは特別な関係が築かれていたようです。

この国家祭祀は遣唐使の廃止に伴って終わります。

宗像族は磐井の乱(いわいのらん)の際にヤマト王権側に付き、宗像族が行っていた沖ノ島の祭祀も大和王権の祭祀となりました。

魏志倭人伝には、3世紀の倭人が水に潜って漁をする様が描かれていて、水中の危険を回避するための刺青を入れていたと書かれていて、胸形とは胸の刺青なのだと言う見方がされることもあります。

当時の土着の信仰との関係

縄文時代後期の遺跡からは、丁寧に埋葬された女性の人骨が見つかっています。

これは、筑紫の海人族と呼ばれる豪族達が祀ってきた神は、航海の安全を祈る巫女(信託を伝える人)そのものを神格化していたためであろうという見方をすることができます。

神を祀る意味

古代において協力関係を示す証拠となるものは、現代社会で見られる契約書のようなものではなく、相手の方の神を自分達の土地に祀ることだったそうです。

このことを合わせ考えると、女神であることや、王権側だった宗像族が宗像大社を任された理由が見えてきたような気がします。

航海がメインの民族にとって自然現象を制御することは、民族の願いでした。災害と怒りと関連付けられて怒りを鎮めてもらう際には、占いで原因を特定し祭祀を行いました。

天の真名井

高天原にある神聖な井戸を指します。

産まれた順序のなぞ

三女神の産まれた順序に関して、古事記では上記のように ①タキリビメ、②イチキシマヒメ、③タギツヒメとなっています。

しかし、日本書紀、本書では①田心姫(タコリヒメ)②湍津姫(タギツヒメ)③市杵嶋姫(イチキシマヒメ)となります。

そして、日本書紀、第一の一書では①瀛津嶋姫(オキツシマヒメ)②湍津姫(タギツヒメ)③田心姫(タゴリヒメ)となっています。

日本書紀、第二の一書では、①市杵嶋姫命(イチキシマヒメ)で、沖つ宮の神 ②田心姫命(タコリヒメ)で、中つ宮の神 ③湍津姫命(タギツヒメ) で、辺つ宮の神と なっています。

日本書紀第三の一書では、①瀛津嶋姫命(オキツシマヒメ)別名 市杵嶋姫命(イチキシマヒメ)②湍津姫命(タギツヒメ) ③田霧姫命(タキリヒメ)となっています。

さらに、宗像大社の社伝では、①タコリヒメ②タギツヒメ③イチキシマヒメとなっています。

日本書紀ではタキリヒメはイチキシマヒメの別名であるとの記述もあります。

そして、古事記にによるとタキリビメオオクニヌシと結婚して、アジスキタカヒコネシタテルヒメを生んだとされています。

古事記にはシタテルヒメはまたの名をタカヒメと書かれている箇所があり、先代旧事本紀でタカヒメといえば、オオナモチとタカツヒメノカミが両親で兄はツミハヤエコトシロヌシノカミと述べられています。これはオオナモチとはオオクニヌシのことです。

これを文字通り解釈するならタキリビメとタキツヒメは同一人物となり、三女紳は文字通りの三人ではないということになってしまいます。文字通りの三女神であれば、三という数を強調する意味合いがあったのかもしれません。

名前の意味

そして、タギツヒメとタキリビメには、水の流れを意味する言葉に由来します。

そして、タキツヒメは先代旧事本紀によればオオナムチと結婚したと書かれていて事代主と高照姫を生んだと書かれています。

アマテラスの勾玉から

スサノヲがアマテラスの左右の角髪、頭と、両手首に巻いていた珠飾りを受けて、天の真名井で清めて噛み砕いて吹き捨てた、それぞれの息吹の霧から五男神たちが生まれでます。

勾玉

勾玉は身分の高い人や、催事の際につけられた装身具です。

勾玉と、筒状のビーズのような形状のものと交互に紐を通した物がよく使われていたようで、とても美しく、きっと当時の人が動くたびにキラッと光って美しかったのでしょうね。

動物の牙、腎臓、胎児、陰陽、などを表す形だとされていて、材料は翡翠、碧玉、水晶、金、銀、ガラス、琥珀、瑪瑙、滑石(タルク)、べっこう(主にタイマイ)、など様々でした。

呪術的な意味合いをこめた祭器として使用されていました。アマテラスがスサノオの訪問に際し、沢山の勾玉をつけたことは、現代で言うパワーストーン的な役割を持っていたと考えられます。

五男神

息の霧から、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒ・アメノオシホミミ)

右の角髪の玉緒から天之菩卑能命(アメノホヒノミコト)

頭に巻いていた玉緒から天津日子根命(アマツヒコネノミコト)

左手首の珠緒から活津日子根命(イクツヒコネノミコト)

右手首の珠緒から熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)

正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒ)

一番はじめに出現した神で、名前は正勝吾勝勝速日 と、天之忍穂耳命に分かれていて、前半は私は勝った、正しく勝った、という意味があります。

本人を表す部分は後半の天之忍穂耳命(アメノオシホミミ)となります。

古事記では長男として描かれていますが、日本書紀の一書では次男とされています。

そして、このアメノオシホミミがニニギノミコトを生み出し、皇統に連なっていきます。

うけいの結果

アマテラスの主張

アマテラスは、うけいの決着として、「後の方で産まれた五柱は私のものである珠から生まれたのだから私のものだ。先に生まれた三柱の女神はお前のものだ」と結論づけます。

先に記載しましたが、うけいというのは、事前に結果を確認し合うことが前提になっていて、今回はスサノヲは男を生むなら潔白ということでした。

ですから、アメノオシホミミを生み出した際に、まさしく正しい、私は勝ったと思った筈です。

しかし、アマテラスの論理でいけば、スサノヲの負けになってしまいます。

スサノオの主張

ですが、スサノヲは三女神が優しく美しいということが私の潔白を証明していると主張し、アマテラスもそれを認めます。

スサノオの慢心

勝利に図に乗ったスサノオはアマテラスの田のあぜを壊したり、御殿に糞を撒き散らしたりするのですが、アマテラスは可愛い弟がしたことだと言って許します。

その後も悪口は続き、ある時アマテラスが神の御衣を作るために機屋にいて、織姫に着物をおらせていた時に、スサノオは皮を履いだウマを天井から落とします。

着物を織っていた織姫は驚き怪我をして死んでしまいます。

アマテラスはこれがきっかけとなり、恐れを抱き天の岩屋戸に隠れてしまいます。