伝承・伝説

古事記 3 黄泉の国

序文、時代背景、神産み、島産みのあらすじや、神々の名称などはこちらをご覧ください。

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今回は死んでしまったイザナミと、イザナミを取り戻すべく黄泉の国へ向かったイザナギのお話しに注目した考察となっています。

今回の投稿には個人的な見解が多く含まれます。エンターテイメントとしてお楽しみいただけたら幸いです。

まずはざっとストーリーを見て、比婆山 ・黄泉の国 ・黄泉の国の神・ 黄泉の国の食べ物・などについて考察します。

ストーリー

イザナミがヒノカグツチの出産の際に負ったやけどが原因で、非業の死を遂げます。

イザナミの死を嘆き悲しんだイザナギは腹ばいになったり、枕元に行ったり、這い回ったりして号泣します。

その涙から生まれたのが泣沢女神(ナキサワメ)です。

そのあと、怒りを感じたイザナギは火之迦具土を殺してしまいます。その際に生まれた神々はこちらに記載してあります。

そして、ヒノカグツチを殺した刀は天之尾羽張(あまのおはばり」です。

その後、イザナギはイザナミを比婆山に葬ります。

古事記 2 神産み 創生の神々 前回は序文についてと、編纂された時代についてまとめました。今回から上巻を少しづつまとめていきたいと思っています。 ...

黄泉の国へ向かう

悲しみが癒えないイザナギは、イザナミにもう一度会いたいと思い黄泉の国へとでかけます。

黄泉の国の戸口で、「まだ国作りは終わっていないじゃないか。帰ってきておくれ」と、イザナミに声をかけると、イザナミは「もう少し早く来て出さったら良かったのに。私はこの世界(黄泉の国)の物を食べてしまったからもう、けることはできません。」といいます。

見てはいけない

「でも、黄泉神に相談してなんとか一緒に帰れるようにしたいので、話が終わるまで絶対にこちらを見ないでください」と言い残してイザナミは黄泉の国の御殿に入っていきました。

しばらく待っていたイザナギですが、待ちきれずに角髪(みずら)にゆった髪に刺していた神聖な櫛のはを一つ折り、火をともして中を覗いてしまいます。

するとそこに居たのは、体中にウジが集まって体からは8種類の様々な雷が出ています。

その姿を見たイザナギは恐怖を感じ、急いで元の世界へ帰ろうとします。

すると、イザナミは「良くも私に恥をかかせたわね」と怒り、黄泉の国の醜女(しこめ)に後を追わせます。

黄泉の国からぬけだす

醜女たちを追い払うために、イザナギは黒いつる草の髪飾りを捨てたり(山ぶどうになる)櫛の歯をとって投げたり(たけのこになる)して醜女たちを追い払おうとします。

しかし、イザナミは体についていた八雷神と無数の黄泉の国の軍を遣わします。

イザナギは後ろ向きになって走りつつ、十握剣(とつかのつるぎ)を振りながら逃げていきます。

醜女 というのはみにくい女という意味ではなく、霊力の強い女という意味があるようです。後に出てくるオオクニヌシは葦原醜男(アシハラシコオ)と呼ばれていることが根拠としてあげられます。

古事記はかなのない時代に、中国尾漢字を用いて音に文字を当てて書いたものです。

坂のふもとまで来た時に、麓にあった桃の実を3つとって待ち構えて、撃つと桃の呪力によって黄泉の国の者たちは坂から帰っていきます。

イザナギは桃に意富加牟豆美命オオカムズノミコト(古事記にしか出てこない)という名前を授けます。

イザナミが黄泉の国の神になる

そして、ついにイザナミ本人がイザナギの前に対峙します。

イザナミは「離婚するなら、毎日千人絞め殺してしまいましょう」といいます。対してイザナギは「それなら私は毎日千五百人生み出そう」と言います。

この件があって、イザナミは黄泉津大神(ヨモツオオカミ)となり、イザナギに追いついたことから道敷の大神(ちしきのおおかみ)となります。

イザナギは千引岩で入り口を塞ぎます。

考察

ここからは考察です。

イザナミが葬られた場所

イザナミがヒノカグツチの出産が原因で非業の死を遂げたあと、イザナギはイザナミを出雲の国と伯伎国(ははきのくに)の境にある比婆山(ひばのやま)に葬ったと書かれています。

「故其所神避之伊邪那美神者葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也」

この記述から、場所に関して様々な節があって広島県、鳥取県、島根県の3つの県に10箇所以上の比婆山伝説が存在しています。

古事記が編纂された奈良時代ですら、その場所を特定することは難しかったようです。

いわば、神々の母が葬られて居る聖地です。

人々の信仰心と、地元愛が合わさってさらに論争に拍車がかかります。

比婆山の場所

・比婆山はナキサワメが生み出された場所でもあります。ナキサワメは鳴き沢、

水音のする沢という意味だと言われています。

ヒノカグツチは現代でも火を扱うことを生業にしている人の守護神的な存在です。

・火をつかい、火を神聖なものとして扱う仕事で、古事記が編纂された頃にもあった業種といえば、たたら製鉄です。

製鉄に関係しそうな遺跡は、6世紀ころから見られ、島根県西部の石見(いわみ)、島根県東部の出雲、鳥取県の伯耆(ほうき)、岡山県南東部の備前、岡山県北東部の美作(みまさか)などでみられ、古代においては吉備国に当たる地域に集中していて、古事記編さんの時代ともあっています。

そもそも、吉備で製鉄が盛んになった背景は朝鮮からの流入とされています。

時代は弥生時代と言われていて九州北部の博多遺跡群からはその証拠とも言える遺跡が発掘されています。

古事記の書かれた頃には製鉄を生業とする氏族が存在していて、鉄の氏族と呼ばれていました。

たたら製鉄で使うふいごは、日本書紀には登場してきます。

神格を持った剣

カグツチを切った剣、天之尾羽張は、後には十握剣(とつかのつるぎ)と書かれていて、腰につけていたと書かれています。十握剣の意味は、握りこぶし十個分の幅を表しています。いずれにしても剣の神霊ということになります。

そして、古事記に出てくる比婆山の候補地はいずれも、分水嶺や水源があり、良質な砂鉄が取れる特徴を合わせて考えると、比婆山という名称の特定のひとつの山なのではなくて、地帯と考えるとしっくり来るような気がします。

鉄の伝来ルート

鉄は紀元前3世紀頃に青銅とほぼ同じ時期に中国沿岸(朝鮮半島から)に伝わってきたというのが定説です。

さらに細分化すると、九州北部 山陰 熊本 と考えることができます。古事記のその後の記述も合わせて考えると、鉄の伝来と古事記のストーリーは実によくマッチして来ます。

黄泉の国

黄泉の国とは死者の国を表す言葉です。

大和言葉でヨミノクニと読んだりヨモツクニと呼ばれています。読み勧めていくと、後に根の堅州国(ねのかたすくに)と言う場所が出てきますが、根の堅州国は黄泉の国のことを指すのかは不明です。

しかし、同じではないかとする説では黄泉の国と、根の堅州国の入り口が同じで、黄泉平坂(よもつひらさか)としている記述のことがあげられます。

しかし、別の場面では根の堅州国は海底にあると書かれています。

こちらの根の堅洲国は罪を犯すと流される場所として書かれていて悪霊や邪気の渦巻く場所として描かれています。

現代の私達が抱くイメージとして、黄泉の国といえば地面の下、暗い場所にありそうですが、古事記には地下だという記載はありません。

むしろ、イザナミが葬られた場所は、出雲と伯伎(伯耆)の境の比婆山だと書かれていました。

黄泉が山だとする説としては、中国では黄泉は地下をあらわしますが、ヨミ、という音はヤマが変化したものではないか?とする説やヨモ(四方)なのではないか?との説もあります。

シュメールの神話では「下る」を表す言葉には逆の「上る」という意味もあります。そして、冥界と訳されている言葉には「山」という言葉から派生した言葉を使っています。

シュメールの人々が冥界は山にあると認識していたのだとしたら、非常に興味深いことだと思います。

古事記の中の3つの世界

イザナギとイザナミが生活していた場所は地上世界、葦原中国(あしはらなかつくに)です。

二人は、、神代七代の天津神です。高天原という神々の生まれ出る場所の出身です。

しかし、イザナミが死後にとどまることになった世界は黄泉の国です。イザナミは高天原の天津神のはずですが、死後は高天原へ戻らずに黄泉の国にいるということになっています。

圧倒的な清らかさを持つ高天原 騒がしい葦原中国 圧倒的な暗くて汚れた黄泉の国 この3つの世界の世界観が古事記にはあります。

この世界観は、やがて天照大御神へとつながっていきます。

黄泉の国を支配する神

黄泉の国を支配して居た神は、黄泉津大神(ヨモツオオカミ)でイザナミはイザナギと一緒に帰るためにお伺いを立てることにします。しかし、イザナギとの対峙の場面でイザナミがこのヨモツオオカミになってしまいます。

黄泉の国というのは、日本書紀意は見られず、古事記にのみ存在する言葉です。

穢れた場所

古事記に出てくる黄泉の国は、よごれた穢れの暗黒で暗い場所でした。そして、そこには醜女のようなものが住む場所で、人の住む世界とは黄泉比良坂(よもつひらさか)という通路があり、千引石(ちびきのいわ)で仕切られています。

千引とは、千人で引かなければ動かせないような重い岩石のことです。この重い岩石があるので、人は黄泉の国へは簡単にいけなくなったことをも意味しています。そして、黄泉の国からも簡単に人の世界に来ることができないのだということを示しています。

境目だとされている黄泉比良坂は島根県松江市にあったとされていて、現在は石碑が置かれています。近くにある揖夜神社(いやじんじゃ)にはイザナミが祀られています。

黄泉の国の食べ物

イザナミはすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまったので帰ることができませんといいますが、古事記では黄泉竈食い(ヨモツヘグイ)と書かれています。

黄泉の竈(かまど)で作ったものを指しています。

一説では家族や地域など、同じものを食べることで一体化するという 共食信仰と関係があると言われています。

古代の人々にとって食は信仰と密接に関係していました。神や先祖の霊と人々が親しくなるための神聖な食べ物が決まっていました。現代でも、引越し蕎麦をたべることや、節句の祝に食べ物を食すことや、お盆にお供えをしたりそれらはもとをただせば、共食信仰にもとづいています。

なかでも稲が神聖視されていたことが伺えます。

埋葬方法

イザナミ、イザナギは体を持った神として登場します。亡骸はイザナギによって埋葬されました。

古墳時代の埋葬

古墳時代、身分の高い人は横穴式石室に埋葬されていました。一般の人は屈葬と呼ばれる方法で、文字通り体を曲げた状態で埋葬されていました。

古代の人の恐れ

屈葬は縄文時代の遺跡からも見つかっていて、遺体の中には石を抱いていたり縛られたりしているものもあり、死者の霊が出てこないように、死体が動き回らないように等の理由があったようです。一説として胎児のような形で葬ることで再生を祈ったり、霊が人に災いを起こすことがないようにとの理由からであろうと考えられています。

これは縄文時代の人々が天変地異や、不条理な出来事に遭遇してしまうと、なぜこんな事が起きるのだろう、と考えきっと非業の死を遂げてしまった人の念(怨念)というか、みたま、とか魂とか言うものが、悪さをするのだと恐れたためで、人々の宗教観に関係していきます。

死者への恐れと信仰

やがて海外との交易を通して御霊信仰や疫神信仰が入ってきて、混ざり合って行った時期が古事記が編纂された時代です。

非業の死を遂げた人、恨みを抱いて死んだ人の霊 怨霊を、御霊として祀ることで慰めるのです。

横穴式石室というは古墳の横に通路を作り、亡骸を収める石室(玄室)を作ります。古墳の大きさは身分によって違いました。

横穴式石室は朝鮮半島から伝わった埋葬形式です。

遺体を火葬する方法は8世紀に入ってからで古事記が編纂された奈良時代にはまだ行われていませんでした。

亡骸を入れる石室は、大きな石版を組み合わせ、家のような形をしています。石室内部には棺が置かれますが、遺体が見える開かれた形状だっったようです。そして、貝殻や土器、魚の骨、炊飯具なども発掘されていて、食物を供えていたこともわかっています。

このような埋葬方法の経験が、戸の内側に居るイザナミに話しかけた、黄泉の国の食べ物を食べた、部屋に入ってうじの湧いた体を見た、などの記述につながって行ったのではないでしょうか。

ギリシャ神話

ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケのストーリーはイザナギイザナミによく似ています。

夫のオルフェウスは毒蛇に噛まれてなくなった妻のエウリュディケを取り戻すために、冥界へおもむき、冥界の神と冥界の女王に懇願します。

オルフェウスは妻の奪還に成功しますが、そのさいの約束は、地上につくまで決して振り返ってはならないというものでした。

案の定、オルフェウスはその約束に従うことができず、妻を永遠になくしてしまいます。

似ている理由

このような、あれ?どこかで聞いたような話だな・・・という現象は世界中に見られます。

だから、これは単なる偶然ではない!ナイか隠された秘密があるのではないか?

となるわけですが、その理由をDNAによる人類の移動と、世界の神話の分析から紐解くことができるという、仮設がありますのでご紹介いたします。

それは神話をゴンドワナ型神話とローラシア型神話という2つの型に分類するというものです。

ゴンドワナ型神話

ゴンドワナ型は、アフリカで人類が最初に誕生した際から持っていた神話で、アフリカ脱出後に南インド、オーストラリアへと広がり、やがてアボリジニの神話になっていきます。

とても古い形の神話ということです。

ローラシア型神話

ローラシア型は地球上に人が広がった後に、騎馬民族の移動によって、ユーラシア大陸全域、シベリア経由で南北アメリカ、と広がって行ったと言われています。

日本の神話もギリシャ神話もこちらの型だということです。

もう一つ、心理学的な面からの説明もできるようです。

物語類型

これは、太古の昔から人が心を動かされたり興味を持ったりする、お決まりのパターンが存在しているということのようです。

集合的無意識

人の心の無意識層には、個人を超えて共有する部分が多くあって、意思は文化や住んでいるところに限らず、同じような思考をし、似たような行動を取り、思いつくこともほぼ同じであると言うことです。

続く