古事記

古事記14 天孫降臨・建御雷神

古事記13 天孫降臨(1)・国譲りの交渉 ああらすじ アマテラスはスサノオとの誓約(うけい)で生まれた天之忍穂耳命(アメノオシホミミ)に、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほ...

あらすじ

天照大御神は次に使わす神は誰が良いだろうかと言うと、思金神はじめ多くの神々が、「天の安川の川上にある天の石屋にいる天尾羽張神(アメノオハバリノカミ)を遣わせるのはどだろう、もしもこの神が都合が悪ければその神の子、建御雷之男神(タケミカヅチノカミ)を遣わせるのが良いでしょう。」と言います。

しかし、天之尾羽張は天の安川の水をせき止めて道を塞ぎ籠もってしまいます。

そこで、天迦久神(アメノカクノカミ)を遣わして天之尾羽張の意向を問うと、

「大変恐れ多いことですが、お言葉に従いましょう。しかし、今回の件では我が子である健御雷神を遣わすのがいいと思います。」と答え、健御雷神を天照大御神にたてまつりました。

そこで、天照大御神は天鳥船神(アメノトリフネノカミ)を健御雷神に添えて葦原中国に遣わしました。

そこで、二柱の神は出雲の国の伊那佐の小浜に降って、十束の剣を抜き波の上にその剣を逆さに立てて、剣の上に(前に?)あぐらをかいて座りました。

そして、大国主神に「私達は天照大御神と高木神(タカミムスビノカミ)の御命令でここ来ました。貴方の治めている葦原中国は天照大神がご自身の子孫が治め支配することを任された国です。それを貴方はどう思いますか?」 と訪ねます。

大国主は、 「私には答えることができません。息子の八重事代主神(ヤエコトシロヌシノカミ)が答えます。」と返答します。

大国主が八重事代神の元へ、天鳥船神を遣わせて呼び出したところ、事代主は「畏れ多いことです。この国はお言葉通り天照大御神のご子孫に差し上げましょう」と言うとすぐに、船を踏んでひっくり返し逆手を打って呪術を使い船の上に青柴垣を作って隠れてしまいました。

そこで、健御雷神は大国主に「貴方の子供がそのように言ってるのだから、他にかれこれ言う子供がいるのか?」 とたづねると、大国主は「建御名方神(タケミナカタノカミ)というものがおり、その男を除きかれこれ言うものはおりますまい」と答えます。

そんな話をしていると、その建御名方神が千人引きの岩を軽々と手の先で持ち上げて「それなら私と力比べをしようではないか」と言って健御雷神の手を掴むと、その手はたちまちツララに変わり、さらに剣の刃へと変わりました。

建御名方神は驚き退きますが、今度は逆に健御雷神が建御名方神の手を取ると、やわらかい葦のようであったため、建御名方神を投げ倒すと、建御名方神は逃げていきます。

健御雷神が逃げた建御名方神を追っていき諏訪湖で追いつき、建御名方神は降参します。

健御雷神は諏訪から出雲の大国主の元へ行き、お前の二人の息子は決して背かないと誓ったがおまえの心はどうなのか?と尋ねます。

大国主も、葦原中国はご命令のままに献上します。ただ、私のすみかを天照大御神の御子が天皇の位を受け継いでこの国を治める日の当たる御殿のように地の底深く太い柱を立てて、天高く大きな千木を上げて作ってくだされば、私は遠いところへ隠れてしまいましょうといって、身を隠してしまいます。

天つ神たちは大国主のために出雲の国の多芸志の小浜に御殿をつくり水門神の孫櫛八玉神(クシヤタノカミ)を炊事人としました。

櫛八玉神は鵜になって、海底に入り海底の粘土で多くの土器を作って、海藻を刈って臼と杵を作り、その臼と杵で火を鑚りだし調理した魚を献る詞章(火鑽りの詞)とともに差し出し、お祝いしました。

健御雷神は大国主が隠れたので、この葦原中国を平定した経過を天照大御神に報告しました。

考察

登場人物とその行動を整理し、考察します。

登場人物

天尾羽張神

天尾羽張神 アメノオハバリの神とは、イザナミがヒノカミを産んだ際にイザナギが火の神を切り倒し殺した刀の名前です。

天尾羽張という文字から、鳥の尾がピンと張っているような刀であるという説が一般的な解釈です。しかし、考古学的遺物から、そのような形状の剣が発見されていないという指摘もあります。

「尾」を雄々しい、「羽」は刃、「張」は鋭いを現していると言う見方もあります。これらはいずれにしても「刀」「剣」を神格化した神であるとしています。

刀ではなく、「ハハ」が、大蛇を現していることから大蛇なのだとする説もあります。

高木神

高木神(タカミムスヒ)は創生物語の中で二番目に登場した神です。

イザナギ、イザナミに不完全な国を完成させるように命じた、天つ神の一人です。また死んでしまったオオクニヌシを蘇らせた神でもあります。

字義どおりに解釈するなら、高木を神格化した神と理解することができます。

天照大御神とともに、神々を大国主のところへ派遣し以前は高皇産霊とよばれていましたが、この段階から高木神と記載されています。

創生から登場し、天照とともに統治に関わり、同等に位の高さを感じますが、さしずめ天照が高天原の最高神だとするなら、高木神は参謀といった位置づけかもしれません。じっさいこのあと、自分の孫に当たる神に国を統治させることに成功しています。

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建御雷之男神

建御雷之男神 タケミカヅチは先程述べたように天之尾羽張という刀でカグツチを斬った際に生まれた神だとされています。

「建」は猛るという意味だとされていて、剣から生まれたこと、剣の上に座したこと、手が刀になったことから剣と非常に多く関連付けられて居ます。

一緒に出生した神たちは火、岩、水に関係していてこれらは、刀剣の制作過程に欠かせません。当時の宗教観はアニミズムという全てのものに霊が宿るという世界観で語られるので、神の依代としての剣、あるいは神そのものと捉えたのかもしれません。

これは原子呪術信仰だとされています。

八重事代主神

八重事代主神 ヤエコトシロヌシノカミは大国主の子供です。

建御名方神

建御名方神 タケミナカタノカミもオオクニヌシの子供です。母親に関する記述はありません。また、日本書紀ではタケミナカタは登場せず、大国主が事代主の意向を聞いた後に国譲りを承諾しています。

このタケミナカタが逃げた場所が諏訪湖だったと述べられています。古事記の記述では、タケミカヅチに太刀打ち出来ずに降参してしまいますが、先にタケミカヅチが会いに行ったヤエコトシロヌシは全く戦わずにあっさり降参している記述から、タケミカヅチは、勇敢で力のある神であったと想像できます。

古事記の記述では諏訪げ逃れてきたとpされるタケミナカタですが、諏訪地方の伝承ではタケミナカタは諏訪に侵入して来た征服者として描かれています。先住神である洩矢神がタケミナカタに対抗しますが結局、諏訪の統治権をタケミナカタに譲たっとされています。

何れにせよ、出土する土器の豪華さや、その数からも諏訪地方は当時非常に繁栄した場所であったでしょう。

櫛八玉神

櫛八玉神 クシヤタマノカミは速秋津比古神(ハヤアキツヒコノカミ)別名水戸神(ミナトノカミ)の孫であると書かれています。ミナトノカミはイザナギとイザナミの間に生まれた子供で、男女一対の性質を持った神で(一説では、ハヤアキツヒコノカミとハヤアキツヒメノカミの夫婦神)その子供とされる神達はすべて水に関係する性質を持っています。

国譲りの宴会

国譲りの場面で、クシヤタマノカミは鵜に変身して大国主のための料理を作ります。

海底から粘土をとり、天の八十毘良迦(皿)を作り、海草の茎を刈って燧臼(ヒキリ臼)を作り、海蓴(コモ)の茎を刈って燧杵(ヒキリ杵)を作り、火を起こします。

八十毘(やそら)とはとても、非常に、という意味なので、とても上等な食器という意味です。

そして、高天原のタカミムスヒの神殿のススが塊となって垂れ下がるまで焼きましょう。地下の石に届くまで焼射て、魚料理を献上いたしましょうと述べます。

植物でできた縄でスズキを獲って竹製の台に盛り付けます。

国を譲ることにした大クニヌシに対して、礼儀を尽くしもてなしたことを強調しています。

タカミムスヒの神殿とは一体どういうことでしょう、字義通りに解釈すればオオクニヌシは神殿を建ててもらってい無いことになってしまいます。一般的な解釈は、タカミムスヒが高天原と出雲を結びつける神だとされています。

創世神話の段階で、イザナギとイザナミは天つ神の命令で葦原中国を形作り、やがてオオクニヌシが苦難を乗り越え兄弟たちを討ち取り、うさぎを助け、スクナビコナなどの協力のもと、国を完成させていきました。

しかし、オオクニヌシのやったことは、イザナギとイザナミを引き継いだもの、つまりもとを正せば天つ神の命令であるのだから、統治件は天つ神の御子なのでした。

オオクニヌシが苦労して作り上げた国を、統治権はこちらだから、ただで返すようにとの交渉に時間がかかったのも頷けます。

オオクニヌシはスサノオの七台後の子孫で、スサノオはアマテラス、ツクヨミとともに生まれ、海の支配を任されています。高天原の支配権はアマテラスにあり、その天つ神の子孫が正統な支配者だと強調しているのでしょう。

神聖な道具であった剣

ところで、剣と刀の違いをご存知でしょうか?剣というのは両刃で真っ直ぐな直剣です。刀は片刃で、反りがつくようになったのは奈良時代後期のことです。ですから古事記の中で述べられている剣は真っすぐ伸びた両刃の剣です。

しかし、 漢書のなかで、倭人の項には100以上の国があって、相攻伐していると述べられています。渡来してきた銅の剣や、鉄の剣は権力者しか手にすることのできないいわば権力の象徴でした。

一般民衆は、棍棒や石の斧、竹槍などを用いていましたから、鉄製の刃物の威力はそれらとは段違いの威力を持っており、鉄の剣の数や品質といったものが直接部族の強さや優位性を示すものだったのです。

剣は族長の証であり、呪術支配の主要な神器であり、各部族の明暗を分ける守護神的な武器を超越した武器だったのです。

神話の中で神々は自分の持つ剣で多くの偉業を成し遂げていったことがわかります。武器としての剣が日本に入ってきたのは弥生時代で、それ以前の刀は何だったのか?それは「御神体」あるいは神への「供え物」であり、人々の信仰対象でもあったのです。

世界中にある剣を神聖視する神話

アレス

剣をご神体、あるいは依代とする神話は世界中で見られます。たとえば、スキタイ人はヘスティア、ゼウス、アポロン、アフロディーテ、ヘラクレス、アレス、ポセイドンなどを祀り犠牲を捧げますが、アレスは聖所を各地区に設けて薪の束を積み重ね、鉄製の短剣が供えられ、この短剣こそが御神体アレスでした。

ローマの軍神マルスと同一で、男性、武勇、火星のの象徴で「♂」と表記しますが、アレスという名では粗野で残忍で不誠実という全く良い神話がなく、ローマのマルスは勇敢な戦士として語られています。

スキタイ人はこのアレスに家畜をささげたり、戦争で生け捕りにした捕虜を捧げました。

その方法は生贄にする捕虜の喉を切り裂いてその血液を短剣にかけ、至聖所の周りでは他の捕虜の腕を切り落とし放り投げるというような儀式が行われたようです。