古事記

古事記13 天孫降臨(1)・国譲りの交渉

ああらすじ

アマテラスはスサノオとの誓約(うけい)で生まれた天之忍穂耳命(アメノオシホミミ)に、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)を統治させることにしました。

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しかし、オシホミミは途中の天の浮橋からながめて「地上はひどく騒がしい」と言って、高天原へ戻ってしまいました。

そこで、タカミムスヒとアマテラスは天安河原(あまのやすかわら)で、神々を集め対策会議を開きます。

「葦原中国は我が子の統治する国であるのに、私の息子はこの国には乱暴な神たちがたくさんいると思っている。誰を派遣して、荒ぶる神たちを征服させようか」

思金神(オモイカネノカミ)達は天之菩卑能命(アメノホヒノカミ)を選び、アメノホヒノカミは葦原中国へ派遣されますが、オオクニヌシを説得するうちに、すっかりオオクニヌシに心服し3年間高天原へ戻りませんでした。

オモイカネノカミは次に、天国津玉神(アマツクニタマノカミ)の子で天若日子(アメノワカヒコ)を派遣することにしました。

アメノワカヒコには天之麻迦古弓(あまのまかこゆみ)と天之波波矢(あめのははや)を与えて葦原中国に遣わせました。

しかし、アメノワカヒコはオオクニヌシの娘シタテルヒメを妻にして、8年間 高天原へ戻りませんでした。

アメノワカヒコが戻ってこないので鳴女(なきめ)という名の雉を派遣することにします。

鳴女は「荒ぶる神々を説得して起伏させるためにつかわせたのに、どうしてお前は8年に至るまで復命しなかったのだ」と、アメノワカヒコの家の門の神聖な楓の上に留まって告げました。

しかし、天佐具売(アメノサグメ)という者が、この鳥はたいへん声が悪い。殺したほうが良いと進言しアメノワカヒコは天の弓と矢で雉の鳴女を殺してしまいます。

矢は雉の胸を貫き天上へ登り天安河にいたアマテラスと高木神(タカギノカミ)のところまで届きます。

その矢には血がついており、タカギノカミは「この矢はアメノワカヒコに送ったものである。命令に背かずに悪い神を射たものであるならアメノワカヒコには当たるまい。しかし、悪い心があるのならアメノワカヒコに当たって死ぬのだ!」と言って矢が飛んできた穴から突き返すと、アメノワカヒコの胸に当たり、アメノワカヒコは死んでしまいました。

アメノワカヒコが亡くなって妻のシタテルヒメの泣く声が高天原まで届き、アメノワカヒコの父と高天原のアメノワカヒコの妻子達も下ってきて泣き悲しみました。

そこを に殯屋(もがりや)を建て、カリを死者に食事を捧げるものとし、カワセミを食事を作るもとのし、サギを殯屋を掃除するものとし、スズメを米をつく女とし、キジを鳴女として 8日8晩の間にぎやかに遊んで死者の霊を迎えようとしていました。

そこへ、阿遅鉏高日子根神(アジスキタカヒコネノカミ)が訪れ、アメノワカヒコの喪を弔いました。アジスキタカヒコネを見たアメノワカヒコの父と妻たちはアメノワカヒコがここに居たといって手足にとりすがり喜び泣きました。

それほどアジスキタカヒコネはアメノワカヒコにそっくりだったのです。

しかし、アジスキタカヒコネは私は友人として弔いに来たのに、汚れた死人と間違えるとはとんでもないと、怒り大きな剣で殯屋を斬り伏せて足で蹴飛ばしてしまいました。

その殯屋は美濃国の相川 にある喪山となり、持っていた剣は大量(おおはかり)または神度の剣(かむどのつるぎ)と言いました。

アジスキタカヒコネが飛び去った後、妹であるシタテルヒメは兄の名前のために歌を読みました。 ※それは夷振(ひなぶり)でした。

天なるや 弟棚機(おとたなばた)の うながせる 玉の御統(みすまる)御統に あな玉はや

み谷 二渡らす 阿遅鉏高日子根 の神ぞ

豊葦原瑞穂国

豊葦原瑞穂国 (とよあしはらみずほのくに)とは、豊葦原千五百秋瑞穂国の簡略体。

「葦の穂の豊かにめでたく生いしげる国」という意味で、国土を表す美称

思金神

タカミムスヒの子で、天岩戸のエピソードでも登場しました。多くの思慮を兼ね備えていたことを意味する名前です。

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派遣された神

天之忍穂耳命

アメノオシホミミ 、はアマテラスとスサノオの誓約で生まれた五皇子の長男です。

アマテラスの勾玉をスサノオがカリカリ噛んで吐き出して生まれた最初の神です。

天之菩卑能命

アメノホヒノカミは第二子です。

天若日子

天津国玉神の子と書かれていて、父である天津国玉神とアメノワカヒコに関してはこのエピソ−ドにしか登場しません。

天若日子には若い男という意味があり、神の名前ではないとする説があり、天津神に反逆した立場からその様に描写されていると言う見方があります。

阿遅鉏高日子根神

阿遅鉏高日子根神(アジスキタカヒコネ)はオオクニヌシとタキリビメの子供です。

アジには美しいという意味があり、スキは農機具のスキ、タカヒコネは敬称で、農具を神格化した名前です。

タキリビメは宗像三女神の一人で、アジスキタカヒコネの妹はシタテルヒメ、またの名をタカヒメといいます。

アジスキタカヒコネは友人のアメノワカヒコとそっくりでした。シタテルヒメは自分の兄とそっくりなアメノワカヒコと結婚したことになります。

アジスキタカヒコネは死人と間違えられたことに怒りをぶちまけてその後、居なくなってしまいます。

死人と間違えられる

イザナギが黄泉から戻った際に、死者の国の穢れを洗い流したことからわかるように、死者は穢れており、穢れは忌み嫌われるものでした。

殯(もがり)

古代の葬送儀礼「殯」では、死者を埋葬するまでに長い時間を要し、遺体の腐敗や白骨化などの物理的な変化を確認することによって、死者の最終的な死を確認していたようです。

最終的な死を確認することには、死者の復活を願う心を断つという意味や、亡くなった人の祟を封じるなどの意味があったようです。そのようにして、故人を偲び、現実を受け入れていたのでしょう。

喪山

岐阜県美濃市大矢田 の神社付近とする説と、岐阜県不破郡垂井町の喪山古墳とする説があります。

シタテルヒメの歌

この歌は夷振(ひなぶり)である地言うことが後付されて居ます。この後付は日本書紀にはありません。

夷振とは、古代歌謡とも言えるようなもので、この場合宮廷に取り入れた短歌形式の歌を指します。

天なるや 弟棚機(おとたなばた)の うながせる 玉の御統(みすまる)御統に あな玉はや

み谷 二渡らす 阿遅鉏高日子根 の神ぞ

意味は、アジスキタカヒコネは高天原で機織りをしている若い娘がしている首飾りが美しく輝くように谷を2つ架け渡して照り映える神の姿は、これぞ我が兄の神 というような意味合いになります。

玉の御統

この玉の御統は美須麻流と書かれていて、「み」は接頭語に当たり、「すまる」は「統(すばる)」という玉飾りのことです。

そして、「星は昴」と言われる、 昴はこのスマルが関係があると言われています。スマルという言葉は元来他動詞「すべる(統べる)」に対する自動詞形で、「統一されている」「一つに集まっている」という意味があります。

そこで、この「すまる」が、中国でプレアデス星団を指す昴宿から、日本では昴とかき、スバルとよまれるようになっていったようです。

ですから、アジスキタカヒコネをスバルに重ね合わせたのかもしれません。