古事記

古事記12 少名毘古那神

あらすじ

オオクニヌシが出雲の美保の岬にいた時に、天乃羅摩船に乗り鵝の皮の着物を着てこちらへやってくる神がいました。

オオクニヌシが名前を尋ねますが、答えず 従っている家来に尋ねても、「存じません」といいます。

しかしヒキガエルが、『きっと、久延毘古が知っていることでしょう』といいます。

久延毘古に尋ねると、『この神は神産巣日の神の子で少名毘古那神です。』と教えてくれます。

オオクニヌシが神産巣日にたずねると。『間違いなく私の子です。多くのこの中でも私の手の指から漏れおちた子です。いまから芦原色許男命と兄弟になりこの国を作り固めなさい』と告げられます。

そこで、大穴牟遅と少名毘古那の二柱の神は協力しあって葦原中国を作り固めました。

その後、少名毘古那は常世国へスタスタと行ってしまいました。

少名毘古那の正体を教えてくれた久延毘古山田のそほどと言うもので、歩くことはできませんが、天下のことはことごとく知っていました。

少名毘古那が去ってしまい、オオクニヌシはこれからどうやって私一人で国を作っていくことができようか・・・と独り言を言っていると、海の方から光り輝きながらやってくる神がいました。

その神は『よく我が前を治めれば、私はあなたと共に国造りをしましょう。もしできないなら、国造りは難しいでしょう』といいます。『では、私はどうすればよいのでしょうか』とたずねると『私は御諸山の上に座す神である』と言いました。

ところで、スサノオの子の大年神神活須毘神の娘である伊怒比売との間に大国御魂神韓神、曾富理神、白日神、聖神の五柱がうまれました。

また、大年神と香用比売との間に大香山戸巨神、御年神の二柱が産まれます。

また、大年神は天知迦流美豆比売との間に奥津日子神が産まれました。

登場人物など

出雲の美保

現在の島根県松江市美保関町の岬だと言われています。

久延毘古

久延毘古(クエビコ)とはカカシを意味します。

山田の曾富騰(やまだのそふど)と書かれていて、言葉の意味は雨などにびしょ濡れになる人という意味です。また、体の崩れた男という意味もあり、雨風にさらされて朽ち果てていることも現しています。

カカシを神格化したものがクエビコで、田の神・農業の神・土地の神だと言われています。

歩行不能のカカシではありますが、この世の中のことをすべてを知っている神とされています。

かかし

ご存知の通り、案山子は世界中で見られる習慣ですが、 日本におけるカカシのルーツは、古事記のこのエピソードであると考えられています。

上記の曾富騰がそほづらかがしへ、変化しやがてカカシとなったと言われています。古事記の記述では一歩足でうまく歩くことはできないけれど、長い間田んぼに立って世の中の動きを観察しているので天下のことはなんでも知っていると描写されています。

また、魚の頭などを焼き串に挿して田畑に建てることで、その悪臭により鳥や獣を寄せ付けないようにしていたことから、『嗅がし』が、カカシへ変化していったという説もあります。

山の神と関係しているとされていて、山の民の間には、山中に一本の棒を立て、一つ目を書き、供え物をして山の神を鎮めるという風習がありました。また、比叡山には傘を山の神の化身とする伝承があり、これもまた一本足であることから一本足は山の神の化身(依代)であると考えられていたようです。その山の神の仮の姿としての案山子を田んぼに祭りご利益をもたらすものと変化したようです。

少名毘古那神

少名毘古那神(スクナビコナノカミ)神産巣日の子供とされています。神産巣日といえば、別天津神のなかの造化三神の一人です。神産巣日の指の間からこぼれ落ちるほど小さな神でした。

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天乃羅摩船・の着物

天乃羅摩船(あめのかがみのふね)とは、ガガイモの実だと言われています。

紡錘形の袋果で、表面にはイボがあり鱒。その長さは8cmから10cmほどで実が熟すと割れてボート型になります。

の着物とはガチョウの着物をさしますが、一説では蛾ではないかとも言われています。

この小さな船に乗ってやってきた、スクナビコナとオオクニヌシは国造りを始めます。

他の記述

古事記の中ではこの二人の国作りの様子が描かれていません。

しかし、「播磨国風土記」「出雲国風土記」ではオオクニヌシとスクナビコナが共に稲を運んだことが書かれていますし、「日本書紀」には二人が病を治す方法を定めたと書かれています。

また、オオクニヌシとスクナビコナが人が短命なことを哀れに思い、薬と温泉の使い方を教えたと書かれている書物もあります。

小さな体のスクナビコナは地上にいろいろな恵みをもたらします。オオクニヌシはスクナヒコナに、「私たちが作った国は良くなったと言えるだろうか?」と尋ねると、スクナヒコナは「あるところは良くなり、あるところは良くなっていませんね。」と答えます。

そのあと、スクナヒコナは常世国へ行ってしまいます。

「伯耆国風土記」の逸文では、粟島で栗の茎に登った際に、弾かれて常世国へ飛んでいってしまったと言われています。

常世国

常世国とは、海の向こうにある異界、一種の理想郷的な場所です。高天原は天、黄泉の国は死者の国、そして常世国という理想郷があるという三層構造が古事記における世界観です。

沖縄のニライカナにも似ています。

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この常世国は原文では常世鄕とかかれていて、この部分を黄泉の国と訳している現代語訳も多くあります。おそらくそれには理由があるようです。

先に述べたとおり、常世国へは海の波を超えていく場所であり、海岸に寄せる波と常世国は繋がっているという世界観があります。

そこは、単に海の彼方と世界という意味ではなく永遠の命をもたらす不老不死の世界という考え方と、通常の生きてる状態とは別の世界で死後の世界のような場所(死後永遠に生きる)と言う一見相反する考え方が存在していました。

産まれた神々