古事記

古事記10 因幡の素兎 考察

ストーリー

イザナギが出雲に来て大国主神(オオクニヌシノカミ)が登場しました。

古事記9 八雲立つ 考察 ストーリー 爾到須賀地而詔之 吾来此地 我御心須賀須賀斯而 其地作宮坐 故 其地者於今云須賀也 ...

このオオクニヌシは、スサノオから6代孫で、日本書紀ではスサノオの子供とされています。

別名大黒様として親しまれていますが、厳密には七福神の中の大黒天とは別の神様です。

このストーリーは大きく分けると2つの話が入っていて、一つは兎がワニの背中を渡って神になった話。もう一つはオオクニヌシが迫害に会うという話です。

今回は前者のうさぎとワニに焦点を合わせてお届けします。

現代語あらすじ

オオクニヌシには沢山の兄弟がいました八十神といいます。

兄弟たちはとても美しい姫、八上比売(ヤガミヒメ)に求婚し妻にしたいと願っており、一番下の弟であるオオナムジ(オオクニヌシ)に袋を背負わせて自分たちの下僕としてヤガミヒメの元へと向かっていました。

気多の岬まで来た時に、毛が剥がれた一羽の兎が伏せていました。兄弟たちは、海の水を浴びて風が体に当たるようにすると治ると嘘を教えます。

兎は言われたとおりにしますが、痛みがなお一層ひどくなるばかりで苦しみ泣いていたところ、最後にやって来たオオムナチが理由を尋ねます。

うさぎは、淤岐ノ島に住んでいたのですがこの地に渡ろうと思い、渡る方法がなかったのでウミワニにどちらが仲間が多いか競おうじゃないか。

おまえは仲間をみんな読んでこの島から北の岬まで横になって並んでおくれ。

私はその上を走って数えます。そうすれば私の仲間とどちらが多いかがわかりますと、持ちかけました。

すると、ワニたちは横一列に並んでくれたので、私は数を数えながらその上を渡ることができたのですが、この地に降りようとした時につい、『わたしにだまされたのだ』と言ってしまいました。すると、最後のワニが私を捕まえて私の毛を剥いでしまったのです。

そこへ、先に来た八十神が海の潮を浴びて風に当たると良いと言ったので、そのようにしたのですが体中が傷だらけになってしまい泣いていました。

オオムナチはそれを聞くと、すぐに河口へ行って真水で体を洗って河口の蒲の花を敷き詰めてそこに転がっていたらきっと元の肌に戻ると教えます。

教えられたとおりにするとうさぎの体は良くなります。

オオムナチに、八十神たちはヤガミヒメを得ることはできません。袋を背負っていたとしてもきっとあなたが、姫を得るでしょう。と予言します。

この兎が稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)菟神(うさぎがみ)と言われています。

故 此大國主神之兄弟 八十神

然皆國者 避於大國主神 所以避者 其八十神

各有欲婚稻羽八上比賣之心 共行稻羽時 於大穴牟遲神負帒 爲從者率往

於是 到氣多之前裸菟伏也

爾八十神謂其菟云 汝將爲者 浴此海鹽 當風吹而 伏高山尾上

故其菟 從八十神之教而伏 爾其鹽隨乾 其身皮悉風見吹拆 故痛苦泣伏者

最後之來大穴牟遲神 見其菟言 何由 汝泣伏

菟答言 僕在淤岐嶋 雖欲度此地 無度因 故 欺海和邇此二字以音 下效此言

吾與汝競 欲計族之多小 故汝者 隨其族在悉率來 自此嶋至于氣多前 皆列伏度

爾吾蹈其上 走乍讀度 於是知與吾族孰多 如此言者

見欺而列伏之時 吾蹈其上 讀度來 今將下地時 吾云 汝者 我見欺 言竟

卽伏最端和邇 捕我悉剥我衣服 因此泣患者 先行八十神之命以 誨告 浴海鹽

當風伏 故 爲如教者 我身悉傷

於是大穴牟遲神 教告其菟 今急往此水門 以水洗汝身 卽取其水門之蒲黃

敷散而 輾轉其上者 汝身如本膚必差 故 爲如教 其身如本也

稻羽之素菟者也 於今者謂菟神也 故 其菟白 大穴牟遲神 此八十神者

必不得八上比賣 雖負帒 汝命獲之

八十神

オオクニヌシの兄弟たちで、八十は多くのという意味になり、多くの兄弟たちと訳されています。

八上比売

因幡国八上郡の容姿の美しい女神。

因幡国

古事記では稲羽と記されています。鳥取県東部の因幡のことを挿すのかは不明です。

気多の岬

鳥取県小沢見、鳥取県青谷町、など諸説あります。

鳥取県白兎海岸(はくとかいがん)には日本の渚100選に選ばれるほど美しい白砂の海岸で、白兎が住んでいたとされる、淤岐ノ島、ワニの背のような波食棚があり、その先にある岬を人々は気多岬だとして親しまれています。

じじつであるなら、波食棚をワニの背に見立てるとは素晴らしいセンスだとつくづく感心します。

しろうさぎ

シロウサギはオオナムチの兄弟たちに騙され苦しみましたが、元はと言えばサメを騙していた、悪知恵の働く兎です。(あちら側へ渡りたいといえば良かったんじゃないかなと思いますが)だからといって、辛い目にあったのは自己責任とは言いませんが、

皮を剥がされているかわいそうな状況になんの同情心もなくもっと苦しめることを言われて、その言葉を信じもっと苦しみますが、オオムナチの言葉に従い回復しました

予言

その後、オオムナチのヤガミヒメの仲を予言し兎神と呼ばれるようになります。

予言したと書かれていますが、自分が兎だったら頭にきて結婚できるのはオオムナチ!兄弟たちは絶対ムリ!くらい言うような気がします。

もしかすると、ヤガミヒメと兎は知り合いだった可能性も考えられます。

わに

熱帯地域に生息するワニが、日本沿岸に居たとは考えづらく、海に住む怪物とする説、サメのことをワニと呼んだのでサメのことだとする説、スッポンだとする説などそれぞれ興味深い考察が存在しています。

当時のワニをさす生き物が、我々の思うワニと同じ7日は不明ですが、ワニという言葉があったことは事実です。

原型の伝説?

並ばせて渡る

この、ワニを並ばせて島へ渡るというエピソードの原型と言われているのが、マレー半島に伝わる説話です。

川の向こう岸の木に果実がなっているのを見つけた鹿が、向こう岸へ渡るのために『私はソロモン王の命令によってお前たちの数を数えに来たのだ。向こう岸まで一列に並びなさい』といってワニたちを並ばせ、その上を渡って向こう側へたどり着く話です。

更に、シベリア、中国、インド、アフリカにまでよく似た神話が存在します。

以前お話した神話類型が当てはまります。

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ソロモン王といえば、3代目のユダヤの王です。この話が原型だとしたら、鹿である兎はソロモン側の使者だということになります。

すると、皮を履いだサメはそこに居た支族ということができます。そして、ソロモン側の使者を助けたのがオオクニヌシであるということになります。

大穴牟遅神がなお一層迫害される

於是 八上比賣 答八十神言 吾者不聞汝等之言 将嫁大穴牟遅神

故尒 八十神忿欲殺大穴牟遅神 共議而至伯岐國之手間山本云 赤猪在此山 故 和礼 共追下者 汝待取 若不待取者 必将殺汝 云而 以火焼似猪大石而轉落 尒 追下取時 即於其石所焼著而死 尒 其御祖命哭患而参上于天 請神産巣日之命時 乃遣 貝比賣与 蛤貝比賣 令作活 尒 貝比 賣岐佐冝

集而 蛤貝比賣待承而 塗 母乳汁者 成麗壮夫

而出遊行 於是八十神見 且欺率入山而 切伏大樹 茹矢打立其木

令入其中即 打離其氷目矢而殺也 尒 亦其御祖哭乍求者 得見即 折其木而取出活 告其子言 汝者有此間者 遂為八十神所滅 乃違遣於木國之大屋毗古神之御所 尒 八十神覔追臻而 矢刺乞時 自木俣漏逃而云 可参向湏佐能男命所坐之根堅州國 必其大神議也

一番下の弟を苦しめる

一番下の弟オオクニヌシに荷物をもたせ、苦しめ何度も殺害しようとした話はヘブライ語聖書の中にも見ることができます。

ヨセフとその兄弟の話です。詳しくはこちらをご覧ください。

ヤコブの息子・ヨセフ ヤコブにはたくさんの子供達がいました。 ヤコブの妻ラケルとの間に産まれた子供はヨセフとベニヤミンだけでした。 ヤコブについ...

殺害される

ヤガミヒメは兄たちではなく、オオムナチを選びます。兄弟たちはそれに怒りを感じてオオムナチを殺害することにします。オオムナチには、赤いイノシシを追い込むから麓でまっていて捕まえるよに命じます。

しかし、それはイノシシに似た大きな石を火で焼いたものでした。その石を受け取ったオオムナチは石に焼かれて死んでしまいます。

生き返る

オオナムチの母サシクニワカヒメは嘆き悲しみ高天原のカミムスヒに蘇生を頼みます。そこで、𧏛貝比売(キサガイヒメ)と蛤貝比売( ウムガイヒメ)を使わせてオオムナチの治療をして蘇生させます。

赤貝の粉を削った物を集めて傷に塗ったと書かれています。

オオムナチは立派な青年の姿で生き返ります。

民間療法説

粉末にした赤貝の殻を母乳に見立てたはまぐりの白い汁で溶いて火傷の治療に使った。

また、はまぐりは古くから薬剤として使用されていた。

ハマグリの漢名は「文蛤(ブンコウ)」、「花蛤(カコウ)」と言い、体内における熱寒性を表す生薬の薬性「五気」は、解熱作用などを持つと言われているそうです。

母乳による蘇生説

はまぐりの汁が母乳に見立てられていることから、母乳の持つ生命力の促進や回復の効能を蘇生につかった。

二度目の殺害

兄弟たちはオオムナチが生き返ると、今度は山へ連れていき大きな木を切り倒して、楔の矢をその木に打ち立ててオオムナチをその中に入れて、急に楔を外すことでその中に閉じ込められて亡くなってしまいます。

母親のサシクニワカヒメはそれを見つけると蘇生させて(誰かの助けを借りたとは書かれていません)紀の国の大屋毘古神(オオヤビコノカミ)のもとへ行かせます。

しかし、兄弟たちは紀の国までオオムナチを追ってきたため、オオヤビコはスサノオノミコトのいる、根の堅洲国に行くようにとアドバイスします。

オオヤビコ

イザナギ、イザナミの国産みの際にこの神と同名の神の名が出てきますが、同じとは断定することはできません。

本居宣長は、「古事記伝」の中でオオヤビコはイソタケルであると述べていて、その理由が日本書紀のイソタケルが木の国の神と書かれていることを上げています。

オオヤビコノ命じたとおりに、オオムナチはスサノオオノミコトのもとに行くことにしました。

スサノオの元へ

故 隨詔命而 參到須佐之男命之御所者 其女須勢理毘賣出見 爲目合而

相婚 還入 白其父言 甚麗神來 爾其大神出見而 告 此者

謂之葦原色許男 卽喚入而

根の堅州国につくと、オオナムチは須勢理毘売命(スセリビメ)に出会います。オオムナチとスセリビメはすぐに結婚します。

須勢理毘売命

スセリビメはとてもきれいな神様がいらっしゃったと、父、スサノオに報告します。

スサノオの娘がスセリビメ立ちお書かれていますから、以下のような家系図になります。

スセリビメの出生は古事記の記述には見ることができませんが、文字通りのスサノオの子供とオオクニヌシが結ばれるのは世代的に難しいと思われます。

オオナムチを見たスサノオは葦原色許男命(アシハラシコオノミコト)だといいます。

これは古事記では『地上世界の色男』というような意味に解釈されていますが、日本書紀では『地上世界の醜男』と書かれていて、これには逞しいとか強いなどの意味があるということなので、ディスるような意味合いではないようです。

試練

蛇の室

卽喚入而 令寢其蛇室 於是其妻須勢理毘賣命 以蛇比禮二字以音授其夫云其蛇將咋 以此比禮三擧打撥 故 如教者 蛇自靜 故平寢出之

亦來日夜者 入吳公與蜂室 且授吳公蜂之比禮 教如先 故平出之

亦鳴鏑射入大野之中 令採其矢 故入其野時 卽以火廻燒其野 於是不知所出之間 來云 內者富良富良 外者須夫須夫 如此言故 蹈其處者 落隱入之間

火者燒過 爾其鼠 咋持其鳴鏑出來而奉也 其矢羽者 其鼠子等皆喫也

オオムナチは蛇の室に寝かされることになります。妻のスセリビメは『もし蛇が噛もうとしたら、この頭巾を3度振って打ち払ってください』と言い、言葉のとおりにしてアシハラシコオはその部屋でしっかりと睡眠を取ることができます。

蜈蚣と蜂の室

次はムカデとハチの室に入れられますが、そこでも同様に妻スセリビメが頭巾を授けてアシハラシコオは無事に部屋から出ることができます。

矢を探す

さらに、スサノオは音を立てる矢を射てアシハラシコオにその矢を探させます。

アシハラシコオが野原に入ると、野に火を放たれて、出口が見えなくなり困っていたところ、ネズミが現れて『内は洞穴で外はけぶっています』と話します。

アシハラシコオがその場所を踏むと穴が空いたのでその中に隠れて難を逃れます。ネズミは矢を咥えて持ってきてくれます。

一方、スセリビメは夫が死んだと思い葬儀の道具を持ち泣いており、スサノオも間違いなく死んだであろうと思っていましたが、矢を持って戻りスサノオに矢を差し出します。

爾持其矢以奉之時 率入家而 喚入八田間大室而 令取其頭之虱 故爾見其頭者 吳公多在 於是其妻 取牟久木實與赤土 授其夫 故咋破其木實 含赤土唾出者 其大神 以爲咋破吳公唾出而 於心思愛而寢

逃げる

スサノオはアシハラシコオを御殿に招き入れて、頭のシラミを取らせることにします。

しかし、その頭はムカデだらけでした。

スセリビメは椋の木の実と赤土をアシハラシコオにわたし、ムカデを食い破って吐き出すような演技をします。

スサノオはその様子に、ムカデを噛み砕いて吐き出していると思い、愛しさを感じて眠りました。

爾握其神之髮 其室毎椽結著而 五百引石取塞其室戸 負其妻須世理毘賣

卽取持其大神之生大刀與生弓矢及其天詔琴而 逃出之時 其天詔琴 拂樹而地動鳴

故 其所寢大神 聞驚而 引仆其室 然解結椽髮之間 遠逃

アシハラシコオは、眠り込んだスサノオの髪の毛を屋根の垂木に結びつけて五百人引きの大きな岩で戸口を塞ぎ、スセリヒメを背負い、スサノオの太刀と弓矢と、琴を手にとって逃げました。

その琴が木にぶつかり、大地に大きな音が響き、驚いたスサノオは部屋を引き倒してしまいました。

結ばれた髪の毛をほどいているうちに、アシハラシコオは遠くまで逃げました。

支配権を与えられる

故爾追至黃泉比良坂 遙望 呼謂大穴牟遲神曰 其汝所持之生大刀 生弓矢以而 汝庶兄弟者 追伏坂之御尾 亦追撥河之瀬而 意禮 爲大國主神 亦爲宇都志國玉神而 其我之女須世理毘賣 爲嫡妻而 於宇迦能山 之山本 於底津石根 宮柱布刀斯理 於高天原、氷椽多迦斯理 而居 是奴也 故 持其大刀 弓 追避其八十神之時 毎坂御尾追伏 毎河瀬追撥 始作國也

故 其八上比賣者 如先期 美刀阿多波志都 故 其八上比賣者 雖率來 畏其嫡妻須世理毘賣而 其所生子者 刺挾木俣而返 故名其子云木俣神 亦名謂御井神

アシハラシコオが黄泉比良坂にさしかかるころ、スサノオが遠くから叫びます。

『お前はその太刀と弓で葦原中国を支配する大国主になり、また宇都志国玉神となってスセリビメを正妻とし立派な神殿を盾そこに住むのだ。この野郎!』

この言葉通り、オオムナチは大国主となり、初めて国を作り支配しました。

先妻のヤガミヒメは二人の子を連れて大国主の元へやってきますが、スセリビメを恐れて子供を木の俣に差し込み因幡に帰ってしまいます。その子は木俣の神、または御井の神といいます。

宇都志国玉神

ウツシクニタマノ神 大国主の別名で、ウツシとは、形がある、形が現れるというような意味なので、目に見える国、現世の国の魂という意味になります。

木俣の神

男神なのか女神なのかは不明ですが、各神社の社伝では長男と伝えられています。コノマタノカミ、キマタノカミ、別名は、御井神(ミイノカミ)

木の俣に置いた理由

木の俣に子供を置き去りにして里帰りしてしまったという非常な母親にも思えますが、いろいろな社伝によれば、木の俣に預けて帰っていったと書かれていて、そうなると印象が違ってきます。

木の俣に挟むという行為は子供の健康を願う儀式と関係しているという見方もあります。

別の名は御井神ですが、森の中の泉(あるいは井戸)で子供を清めて健康を願い、自分は去っていったのでしょう。

去った理由

ヤガミヒメが大国主の元を去った理由はスセリビメを恐れた体というのが一般的な解釈ですが、恐れるにはかしこまる、畏れ敬うの意味もあり、正妻の立場を尊重、身を引いたと考えることもできます。