ヤコブ

ヤコブという人のこと -2-

旧約聖書の中にヤコブという人が出てきますが、のちにイスラエルという名前になります。

ヤコブという人のこと ー1ー https://shachi.blog/losttribes/ この記事を読むとこんなことがわかります ヤコブの生涯の始...

リベカ(父であるイサクの妻)の助けもあり、ヤコブは兄のエサウから長男の権利を勝ちとって、叔父のラバン(リベカの兄)の元へ旅立った後のエピソードについてです。

ある夜の出来事

ヤコブが叔父の住む地を目指して旅をしていたある夜のこと、石を枕に横になりました。創世記28章11節

ヤコブは地上から天に登る階段があって、そこを天使たちが登り降りしている夢を見ました。

旅の途中、ヤコブは石を枕に横になっていると

夢を見た

天使が地上から天へつながる階段を上り下りしていた

そして夢の中で神がこう言われます。

あなたが今横になっている土地をあなたとあなたの子孫に与えます。

今横になっている土地をあなたとあなたの子孫に与えます

神 

ヘブライ語聖書の中に約7000回出てくる神の名前は4つの子音文字で構成されていて、神聖4文字とか、テトラグラマトンと呼ばれています。

テトラグラマトンの4文字(יהוה)は,英語ではYHWHという子音字で表されます。

古代のヘブライ語が日常で使われていた頃は子音に適切な母音を補って読んでいました。

旧約聖書が書き終えられてから1000年後には、死因を補う発音記号がつけられましたが、神の名前を無闇に使ってはならないという考え方が広まり、他の言葉『主』などに置き換えられました。

そしてあなたの子孫がによって地上の家族全てが必ず祝福を受けるでしょう。あなたがどこへ行ってもあなたを守り、この地方につれ戻し、あなたへの約束を必ず果たします。

祝福する 約束を果たす

ヤコブは目を覚まして、畏怖の念を感じ

ここはなんと厳粛な場所なのか。ここに天の門があるまさに神の家だと言って、頭の下の

石を記念碑として建てて油を注ぎました。

そしてその土地の名前をベテルと名付けました。ベテルは神の家という意味です。

ヤコブは石を立て、油を注ぎベテルと名付けた

石に油を注いだことの意味は?

創世記31章13節では記念碑(石)に油を注いだことで誓約となったと書かれているので、油を注ぐことは神聖さを意味する特別なことと思われます。

そしてヤコブは無事に父の元へ戻ることができたらこの記念碑の場所を神の家としますと誓約します。

井戸でラケルと出会う

旅を続けていたヤコブは井戸のそばに羊飼いの群れを3つ見つけます。

ヤコブが羊飼いたちに話しかけると、羊飼いたちは叔父のラバンを知っていました。そして、ラバンの娘のラケルがもうすぐ羊に水を飲ませにやってくるということを聞きます。

そうこうしている内に、ラケルがラバンの羊を連れて井戸の方へやって来ました。

ヤコブはラケルに近づいて口付けし、泣いて自分がラケルの親族であることを告げます。それを聞いたラバンはヤコブを家に招き入れます。

ヤコブはそこでひと月ほど滞在してラバンの手伝いをします。

くわしいエピソードは以下からご覧ください。

https://shachi.blog/jacob/

ヤコブがいることで栄える

ヤコブが14年間の労働を終えて、ラケルとの一人目の子、ヨセフを産んだ後ヤコブはラバンに父イサクの住む故郷に帰らせて欲しいと訴えます。

創世記30章29節を見ると、ヤコブが来てからラバンの家は豊かになったことが伺えます。そのためラバンはヤコブに帰らずにラバンの元にとどまって働いて欲しいと思ったようです。

ヤコブは故郷へ帰らせてくれるよう願い出る

ラバンは、ヤコブのおかげで繁栄していたので去って欲しくない。

そこでラバンはヤコブに報酬は何がいいか尋ねます。

あなたの家畜の群れの中のブチとマダラの羊、そしてコゲ茶色の若い雄羊、マダラとブチの雌ヤギを私の報酬になるように取り分けてください。

もしも他のものが混ざっていたら私は嘘をついたことになります。私が正直だということを確かめてください。

その提案を受け入れたラバンはブチとマダラの羊、そしてコゲ茶色の若い雄羊、マダラとブチの雌ヤギを分けて、自分の息子たちに世話をさせ、そのほかの羊と交配して増えることがないように離して世話するようにしました。

一方、ヤコブはラバンの残りの家畜の世話を続けます。

しかし、羊たちの水飲みの途中に仕掛けを作ってマダラの家畜たちがが交尾して増えるようにして裕福になっていきます。

報酬は何がいいか聞くラバン

ヤコブはぶちやマダラの羊などを下さいという

ラバンはそれを受けて、ヤコブの取り分を隠して増えないようにする

ヤコブは仕掛けをして家畜たちの交尾を促し、取り分を増やすことに成功する

創世記31章を見るとラバンは報酬について10回変更したと書かれています。しかし、その都度、ぶちのものを報酬にすると言えばブチのものが生まれて、シマのものをと言えばシマのものが生まれた。と書かれています。

その期間は6年間です。創世記31章41節

ラケルを得るために7年 さらに7年その後、6年間

20年間ラバンに仕えました

長く辛い労働に耐え、約束を10回も破られてもなお、ヤコブの方が反映したのは、それは神の力があったからこそだ。とヤコブは述べています。

私はこの話を読んだときに、ヤコブは何と優脳な人物だったのだろうと思いました。

神からの祝福を得るために長男の権利を正当に勝ち取り、

今回も正当に自分の家畜を増やしたからです。

ですが、聖書には神の力があったからこそと書かれていました。妻たちも

ヤコブが長男の権利を渇望したことや、何としてもラバンの娘と結婚しようとしたことを合わせて考えると、その動機が自分のためではなくアブラハムと約束した神の目的(創世記12章7節のアブラハムとの約束)のためであるという意味なのだと思いました。

神から父祖の土地に帰るよう告げられる

ヤコブが自分の財産を増やし、ラバンの財産は少なくなっていきます。

ヤコブはラバンの顔色がこれまでとは変わって来たことに気がつきます。

そんな時、神から父祖たちの土地へ戻るよう告げられます。

さらにレアとラケル(妻たち)も、

父は私たちを売り、神が父から取り上げた富は私たちと子供たちのものです。どうぞあなた(ヤコブ)が、神から言われた通りにしてください。と言います。

神からの啓示、妻たちからの後押しで

父の土地へ戻ることにする

父イサクの元へ向かう

ラケルはラバンのテラフィム像を盗む

いよいよ父の元へ帰るその時が来ました。

ラバンが羊の毛を刈りに出ている隙にラケルが、父親のテラフィム像を盗みます。

ラケルは父ラバンのテラフィム像を

こっそり持ち出す

テラフィム像というのは 

人型の像で吉凶の判断をするために用いられたと言われています。

メソポタミアの出土した文書(ヌジ文書、エマル文書)では、テラフィム像が家族の相続財産を得ることと関係があったと述べられています。

三日後にラバンはヤコブが逃げたことを聞きます。

そして七日目にヤコブに追いつきます。その夜ラバンの夢に神が現れます。

ヤコブを困らせるようなことは言わないように気をつけなさい

ラバンはヤコブの元へ出向き、なぜ娘や孫たちを連れて黙って逃げるのだ?私はあなたたちに害を加えることもできるけれど、神から気をつけるように言われました。

そして、ラバンはどうして私の神を盗んだのですか?と聞きます。

ここで出てくる神はテラフィム像のことです。ヤコブはラケルがその像を盗んで持って来ていることを知りません。

それで、もしもこの中に像を持っているものがいたら殺して構わないと言います。

ラバンは夢で神からの警告を受けました。

ヤコブに対して、なぜ私の神を盗んだのか?と尋ねました。

ヤコブはこの中にその像を持っている者がいたら殺して構わないと言います。

ラバンは娘たちの天幕の中、侍女たちの天幕の中を調べますが見つけられません。

実はラケルが持ち出して自分の女性用のラクだに乗るときにつける鞍のなかへ隠し、その上に座っていました。

そしてこう言います。

私は月経中なのでお父様の前に立つことができません

レビ記では、月経中の女性は汚れたもので、座っていた品物に触れても触れたものが汚れたものとなり、月経中の女が乗った鞍は触れたものが誰であっても汚れたものとなりました。レビ記15章19節

ラケルは女性用の蔵の中へ隠し、

そこに座っていました。

ラケルがテラフィムを持ち出した理由

ラケルが偶像を崇拝していたとは考えられませんし、父親のテラフィム像を盗んだのは、おそらく正当な相続権が夫にあると判断してのことだったのかもしれません。

また、鞍の下に隠して汚れたものにしていることからも、テラフィム像がヤコブやリベカたちにとっては崇拝対象ではなかったことは明白です。

でも盗んでいいのか?その点は調査中です。

ラバンがもれなくだがしても見つからなかったことで、ヤコブは怒ります。そして、これまでヤコブがどれだけのことに耐えて来たかを話しました。内容はこうです。

20年間ラバンの羊とヤギは流産していない。

ヤコブは群れの雄羊を食べたことがない。

家畜が野獣に襲われたとき、その損失はヤコブが負った。

昼の暑さや夜の寒さに苦しみながら眠ることもできなかった。

あなたの娘のために14年あなたの家畜のために6年働きましたが、あなたは報酬を10回変更した。

神が私の側にいなかったなら、私は何も持つことができなかった。

そして二人は契約を結びます。双方が小山を超えて互いを木津つけることがないようにという内容でした。

テラフィムが相続権を表すなら、ヤコブがのちにそれを盾にラバンの息子たちの財産を奪う恐れがあると考えたのかもしれません。

兄と再会する

ヤコブがオジラバンの元を去ってヤコブの住む地へ向かう旅の話です。

創世記32章

兄エサウ(エドウの領地)のもとへ前もって使者を送ります。

兄であるエサウから長男の権利を奪い取った経緯があるので、兄はヤコブを憎んでいます。

使者がヤコブの元へ戻って報告します。

エサウは400人ほどを引き連れてあなたに会いにくるところです

ヤコブはその報告を聞いて恐ろしくなります。

ヤコブは使者を送り

兄エサウの様子を見に行かせた

エサウは400人も引き連れて自分の元へ向かってくることを知った

ヤコブは恐ろしくなった

自分には女や子供や家畜がいるエサウが仕返ししにきたらただでは済まないだろうと考えたのでしょう

そこで、旅の一行を二つに分けて、一方がやられても一方が生き残れるようにして、神に助けを祈ります。

それから、兄エサウへの贈り物を選び、家畜の群れごとに幾つかのグループに分けます。

そしてそれぞれに召使いをつけて、群同士の間の距離を開けて先に進むように指示します。

そして、兄たちの一行に出会ったらこういうように指示します。

主人はヤコブで、これはエサウ様への贈り物です。主人は後から参ります。

一行を先方と後方に分け

贈り物のグループを作って間隔を開けて進ませた

エサウに会ったら、

これはエサウ様への贈り物で主人はヤコブだと言う様に指示する

ヤコブは贈り物を先に進ませる事で、エサウの怒りが静まり自分たちを優しく迎えてくれると考えました。

召使いたちは贈り物を持って先に進みました。

一方、ヤコブはその夜、二人の妻(レアとラケル)そして二人の侍女(ビルハとジルパ)と11人の息子を連れてや僕のヤボクの浅瀬を渡ったと述べられています。

ヤコブはレアとラケルらと息子達を連れてやボクの浅瀬へ渡り大切な家族達を、川向こうへ避難させた

その後、ヤコブがひとり宿営に残っていると、ある人が現れて夜明けまでヤコブと取っ組み合いをします。創世記32章24節

その人は勝ち目がなかったのでヤコブの股関節を外して歩けなくして帰ろうとします。

しかし、ヤコブは決してその人を離さずに私を祝福してくださるまで離しません!と言います。

その人はヤコブに名前を尋ねると、あなたの名前はもうヤコブではなくイスラエルとなります。

あなたは神と、また人と闘って優位に立ったからですと述べます。

ヤコブは天使と格闘して優位に立ち、

イスラエルという名前を与えられた

神というのは今ここでヤコブと闘った神のみ使い、

人とは生まれたときエサウの踵を掴んでいたことであると思われます。

ヤコブ(イスラエル)はその人に名前を尋ねますがなぜ聞くのか?と名前を明かしませんでした。

み使い(天使)は人格があって自分の意思があることが伺えます。聖書の各所でその名前を尋ねられても答えずに、なぜ聞くのか?と答えています。

しかし、名前の挙げられている天使もいます。

黙示録19章10節で12使徒の一人であるヨハネがみ使いを崇拝しようとしたときに叱責されていることから、み使いが名乗って神ではなくみ使を崇拝することがあってはならないという意味なのかもしれません。

一説によると、この取っ組み合いは日本の相撲のルーツであるという話があります。

元貴乃花親方もテレビでおっしゃっていましたので、ご覧になった方も多いことと思いますが、日ユ同祖論では必ず出てくるのがこの相撲の話です。

相撲 は ヘブライ語では シュモー 意味は『彼の名前』となります。

はっけよいのこったのこった は 『投げつけろ やったぞ 投げたぞ やったぞ 』となります。

不思議ですね

足を悪くしたヤコブの元へ、ついにエサウがやってきます。

ヤコブは走り寄ってエサウを抱きしめ二人は涙を流しながら再会を喜びます。

そこへ侍女達、妻と子供達がやってきてエサウに紹介します。

エサウはヤコブの手土産について、私はたくさんの物を持っているので、あなたのものはそのままにしておくようにと言いますが、ヤコブはしきり受け取るように勧めエサウは贈り物を受け取りました。

ヤコブとエサウは

感動の再会を果たすことができた

旅はまだ続きます。