アイヌ

アイヌの儀礼 イオマンテ

イオマンテというのは、アイヌの行ってきた祭祀でアイヌの世界観と大きく関係があります。

一般的には宗教といえば、宗教行事に参加したり宗教のための場所へ赴いたり、その宗教を信奉していると話たりすることだと思いますが、アイヌの場合はアイヌ独自の世界観があってその世界観によって、アイヌ独自の社会生活が成り立っているようです。

個人的にこの、アイヌ独自の世界観を初めて知った時にとても魅力的で優しくて自分自身も見習いたい考え方だと思ったのでこの記事を書くことにしました。

この儀式をもう一度、本来のやり方通りに取り戻した方が良いとは思ってはいません。

ですが、アイヌの人々の世界観は現代の私達の気が付かなかった?忘れてしまった?大切なことを教えてくれているような気がしてなりません。

アイヌはどこからきたのか アイヌとはアイヌ語で『人』という意味だそうなので、そもそもアイヌ民族とかアイヌ人などという呼び方はふさわしくないと思われます。ですが、...

アイヌの世界観

アイヌは人(人間)を指す言葉です、ですからアイヌ人と言う言い方は違うのかもしれません。

この世のすべての物に霊が宿っていて、中でも人の力ではなし得ないこと、恵みを与えてくれるものにはすべてカムイ(神とか精霊とか言う意味)があると考えます。

日本の八百万の神と似た考え方のアニミズムと言えるかもしれませんが、少し違います。

カムイモシリという神々の世界とアイヌモシリと言う人の世界があって、カムイは熊などの動物の姿をして人間の世界にやって来ます。神の世界から人間界にやってきて、人々と交流するために動物の姿をして現れます。そして人々に多くの恵みをもたらすためでした。

イオマンテ

中でも熊は山の神と呼ばれ最も尊重すべきカムイでした。

イオマンテには『それを行かせる』という意味があります。

恐れ多い神の名前を直接呼ぶことを避けた表現だと言われていますが、神の名前を言ってはいけない、主と呼ぶのと似ていますね。

アイヌは冬眠に入る前の熊を観察し、巣穴を調べ冬眠中の母子熊の猟を行います。

母親を殺し別の儀式(カムイ・ポプニレ)を行ったようですが、子熊はアイヌの集落へ連れ帰り、大切に育てられます。

子熊を大切に大切に育てる

アイヌが熊を捕まえるのではなく、カムイがこのアイヌを選んでくれたのだと考えます。

アイヌが立派に正しい人間だったから、カムイが来てくれたと考えるのです。

そして、連れ帰ったカムイ(子熊)のことをそれはそれは大切に扱います。

子熊は人の子供と同じ様に(それ以上に)大切に部屋の中で育てられ、母乳を与えられることもあったようです。

子熊の世話をするのは選ばれた女性でした。そして選ばれることは大変名誉なことだったようです。

子熊が大きく成長してくると、屋外の丸太の檻に入れますが、最上の食事を与え大切に世話します。

そのようにして1,2年育てたあと、集落中をあげて盛大な送りの儀式イオマンテが行われます。

大切に大切に育てた子熊ですから、みんな泣きながら送り出すのだとか。

映像記録からのまつりの手順

そのまつりのための準備は2週間以上かけて行われ、近隣の村々からも大勢が集まり、数日かけてカムイをもてなしカムイが肉体からの旅立って、カムイモシリに帰っていくことを祝います。

祭段には宝刀や弓、食べ物などの供え物が飾られ、アイヌモシリ(人間の世界)は豊かで楽しいところであるという物語が語られます。

この主役のカムイ(子熊)が、元いたところに戻ってから、人の世界はとても良いところで、人間のお父さんやお母さんはとても優しかったと伝え聞いた他の神々が、また人のところに豊かな恵みをもってやってきてくれると信じているからです。

まつりに使用する道具や供え物、カムイにたくさんのお土産を持って帰っていただき、また翌年に来訪していただくための重要な儀礼イオマンテ。

そして、まつりは前夜祭、本祭と盛大に行われます。

各部族によってその規模や、長さには違いがあったそうです。

大切の育てられた子熊はが連れてこられ、3人の男性によって3方向から、ぶどうのツルを用いた太い綱が体と首にかけられます。そうして誘導された熊は興奮しますが、それはカムイの国へ戻れる喜びなのだとアイヌは考えます。

熊あそび

女性たちの手拍子、掛け声、歌、などと儀式は進み、古老たちが子熊に花矢を放ちます。

熊遊びと呼ばれています。

カムイ(子熊)が疲れて行動が鈍ってきたころ、カムイをうつ伏せにしてイヌンパニという、丸太を咥えさせて、もう一本のイヌンパ二を首の上に渡し男性3名づつがイヌンパ二の上に体重を掛ける形で 熊という肉体からカムイの霊を分離させる儀式を行います。

丸太で首を挟むことには、魂と肉体を分けるという意味があるそうです。

その後祈りが捧げられ、絶命した子熊(カムイ)に団子とくるみが供えられると、家の屋根の上から団子が撒かれ参加者が拾いあいます。

現代の上棟祭などの餅まきに似ています。

そのようにして全員に分配されると代表のアイヌが天(カムイモシリの方向)に向かって一本の矢を放ちます。そして、その時に全員で一斉に叫ぶことで、元いた神の世界に送り届けます。

子熊だったカムイに帰り道を教える意味と、カムイの世界にこの儀式が行われたことを知らせる意味があるのだそうです。

解体

そして、解体が始まります。手順は決まっており、丁寧に毛皮が切り離されます。表面についた血液などはきれいにして、たたむ順序も決まっていて、最後に頭部を起こして乗せる形になります。

そしてチセ(家)の中に祀られ踊りや歌や物語が語られ饗宴が続きます。人が楽しむことで、旅立つカムイもこれを見て楽しむからです。

さらに翌日には頭部の丁寧な解体が手順通りに行われます。

物語が語られますが最高潮をむかえる前に終了されます。続きを聞きたいカムイが来年また来るためです。

解体された肉の料理が振る舞われ宴は続き、処理を施された頭部に服が着せられ祀られます。

イヨマンテは幾日もの準備期間を経て、盛大に厳かに行われるアイヌにとって重要な儀式だったのです。

屠殺の場面だけを見ると、なんて残虐な行為であろうか?思われるかもしれません。1955年(昭和30年)には野蛮な儀式だとして事実上禁止になっています。

しかし、根底には与えられることへの感謝、人が正しく生きることが関係しています。

熊を神聖視する他の民族

熊を神聖なものとして見て、捕獲時に何らかの儀式を行う習慣はユーラシア大陸、北米大陸の北部でも見られます。

しかし、飼育した熊を対象にしている地域はアムール川流域の沿岸部、サハリン、北海道に限られています。

人々が日本へやってきた経緯を見るとやはり、アイヌの起源はこのイヨマンテ一つをとってみてもアムール川流域の鮭の民と呼ばれるナーナイ族、ウリチ族の一部が北海道に渡り、口伝で受け継いでいった世界観がオホーツク文化と結びついたのではないかと思っています。

アイヌはどこからきたのか アイヌとはアイヌ語で『人』という意味だそうなので、そもそもアイヌ民族とかアイヌ人などという呼び方はふさわしくないと思われます。ですが、...