人物

キリスト誕生までの系図 マタイとルカの記述

マタイ

ユダヤ人 福音書の筆者

マタイという人は、アルパヨの子と書かれています。そして、イエスの弟子になる以前は収税人という仕事をしていました。

収税人

当時のローマ帝国では帝国の高官が人頭税と土地税を徴収していました。

しかし、輸入品などある地域を通ってはおばれる商品などの税は競売によって買い取られていて、税の権利は最高入札者のものとなっていました。

それで、彼らは税を徴収する際に、入札学を上回る税を受け取ることで収益を得ていました。そのため、多くのユダヤ人の収税人は同国人から嫌われていました。

また、ローマに使えるという意味でも尊敬に値しない人とみなされていました。

マタイもそのような人の一人でしたが、イエスに使えるようになります。

のちに、12使徒の一人に選ばれます。

ルカ

医師 使徒パウロの友人 国籍不明 

ルカ書と使徒行伝の筆者とされています。ムラトリ断片(西暦170年ごろ)の中で,この福音書はルカが書いたと記されています。

正確な記述を心がけたと思われる一面としては、ローマ帝国の管職名を記載している点が挙げられます。

学者のウィリアム・ラムゼーはルカを「第一級の歴史家」と呼んでいます。

また、ルカはイエスキリストが誕生する前に住民登録を命ずる布告が出されたと述べています。そして、クレニオがシリアの総督であったと述べています。

ルカはこの点を最初の登録と述べており、のちに二度目の登録についても述べています。

1764年にラピス・ティブルティヌスとして知られる碑文がローマで発見され、そこには AD6年は二度目の住民登録だったと述べられていることから、ルカの記述は信用に値すると判断できそうです。

イエスキリスト誕生年

ヘロデ王の死に関しては諸説あり、確定はできませんがヨセフとマリアがイエスを守るために連れて逃げた際の、『ヘロデ王の命令が2歳以下の子供を殺す』と指定していることから、その時のイエスは生まれたばかりの乳幼児ではなく、1歳か2歳であろうと考えられます。

ローマ帝国ではティベリウス・ユリウス・カエサルが西暦14年9月15日に第二代皇帝に指名されています。

その治世の第15年は,西暦28年後半から西暦29年後半ということができます。その期間にヨハネは宣教を開始したことが書かれています。イエスはその6か月後に宣教を開始しています。その時、およそ30歳と書かれています。

総合的に考えて、イエスはBC2から4くらいに誕生したと考えられます。

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マタイルカ時代
ダビデの子という視点人々の意見でヨセフの子という視点 
アダム
セツ
エノシュ
カイナン
マハラエル
ヤレド
エノク
メトセラ
レメク
ノア
セム
アルパクシャド
カイナン(?)
シェラハ
エベル
ぺレグ
レウ
セルグ
ナホル
テラ
アブラハム
イサクイサク
ヤコブヤコブ
ユダユダ
タマルが産んだペレツとゼラハペレツ
ペレツの子 ヘツロンヘツロン
ラムアルニ
アミナダブアミナダブ
ナフションナフション
サルモンサルモン
ラハブが産んだボアズボアズ
ルツが産んだオベデ
オベデ※ルツはモアブ人
※モアブは、ロトとロトの長女との子
エッサイエッサイ
ダビデダビデ初代イスラエル王・サウルに仕えていたがサウルの戦死後、王位に着く
ダビデの治世BC1000-961
ウリヤの妻バテシバが産んだソロモン
ナタン(※ダビデは側室や妻たちを迎え多くの子供がいた※ソロモンの兄弟)
マタタ
メンナ
メレア
エリヤキム
ヨナム
ヨセフ
ユダ
シメオン
レビ
マタテ
ヨリム
エリエゼル
イエス
エル
エルマダム
※ウリヤはダビデの外人戦士
※ソロモンの死後、BC922南北に分裂

ソロモン治世BC1035-925
治世の4年目神殿建築に着手、7年後に完成
レハベアムコサム
アビヤアデイ
アサメルキ
エフォシャファトネリ
エホラムシャルテル
ウジヤゼルバベル
ヨタムレサ
アハズヨハナン
ヒゼキヤヨダ
マナセヨセク
アモンセメイン
ヨシヤマタテヤ
エコニヤマアテエコニアの項にバビロン補修の記載
BC597,BC587,BC582
シャルテルナンガイBC587エルサレム攻囲戦によってソロモンの神殿が破壊される
ゼルバベルエスリ・BC537に流刑から解放された
・ゼルバベルは本国に送還されたユダヤ人の最初の総督
・BC536
新バビロニア帝国滅亡
アビウデナホム
エリヤキムアモス
アゾルマタテヤ
ザドクヨセフ
アキムヤンナイ
エリウデメルキ
エレアザルレビ
マタンマタテ
ヤコブヨセフの父ヘリ
※ルカの視点からはヨセフの父ヘリとは義理の父、マリアの父という意味かもしれない
ヨセフヨセフ(マリヤ?)
ヨセフの妻マリヤが産んだイエスヘロデ王の時代、ヘロデ王没は諸説あり、BC4年ーBC1年

イエスキリスト誕生年

ヘロデ王の死に関しては諸説あり、確定はできませんがヨセフとマリアがイエスを守るために連れて逃げた際の、『ヘロデ王の命令が2歳以下の子供を殺す』と指定していることから、その時のイエスは生まれたばかりの乳幼児ではなく、1歳か2歳であろうと考えられます。

ローマ帝国ではティベリウス・ユリウス・カエサルが西暦14年9月15日に第二代皇帝に指名されています。

その治世の第15年は,西暦28年後半から西暦29年後半ということができます。その期間にヨハネは宣教を開始したことが書かれています。イエスはその6か月後に宣教を開始しています。その時、およそ30歳と書かれています。

また、ルカはクレニオがシリアの総督であったと述べています。その際に住民登録を行なっていて時期はAD6年です。ルカ(ルカ2:2)の述べている登録とは時代が一致しませんが、1764年にラピス・ティブルティヌスとして知られる碑文がローマで発見され、そこには AD6年は二度目の住民登録だったと述べられています。

総合的に考えて、イエスはBC2から4くらいに誕生したと考えられます。