
マルドゥクによって二つに分けられた(引き裂かれた?分断された?)ティアマトの体は半分が天となりました。
ティアマトは蛇や蠍といった、性質も行動も力も並外れた怪物たちを次々と生み出した女神で、一説では龍だと言われています。
いわゆる日本で言うところの、龍神であり水の神だったのです。ですから、その体から作られた『天』は水が満ちた場所となり、天からは時折『雨』がふってくることになりました。
その雨は時に豪雨となり、洪水を起こすこともあったため、天に『閂』をかけて『番人』を置くことにしました。
これを支持した『マルドゥク』は天と地の統治権をもった支配する『神』となります。
聖書における創世記は『神』があってそこから様々なものが生み出されていますが、『マルドゥク』の場合は原初の存在から作られた中の一人が、統治権を得て『神』の地位を得ていった様です。
そしてさらに第Ⅵの粘土板には『人類の創造』についての記述があります。
わたし (マルドゥク) は血をまとめて骨をつくりだし、 最初の人間をつくろうと思う。
その名は人(アメール)だ。 わたしは最初の人間、人(アメール)を造りだそうと思うのだ。
人間(アメール)創造
人を作ろうと思う。と発言したのは『マルドゥク』です。そして、実際の作業を行ったのは『エア』です。
『エア』がティアマト軍の総司令官であるキングを殺害します。その血から最初の人間を造り出します。
『エア』はシュメール神話の『エンキ』と同一視されることが多く、このエリマ・エリシュの中ではアプスーの孫に当たる存在です。『エア』は『マルドゥク』の父ですからアプスーのひ孫が『マルドゥク』と言うことになります。
『エア』の母は『ナンム』だとされていますが、『エア』は女神として豊穣を司っていたと表現されているものや、男性性を強調されている部分などもあり現代の性別を分けるような概念は当てはまらないのがこの神々の創世神話の様です。
ともかく、この人類創造の一件によって『マルドゥク』は至高神エンリルの後継者となり、全ての神々を統治する存在になっていきます。
マルドゥクが英雄神・至高神となって信仰対象となったのは、ハンムラビ王(在位 紀元前1790年~紀元前1750年)がバビロニア第一王朝を築き上げてからのことです。
古代メソポタミアでは、地上の王の支配権は神々から貸与されたものだと考えられていました。そこで、当時のハンムラビ王は、首都バビロンの守護神だったマルドゥクの権力を増長させ英雄神・至高神とすることで、自らの権力をも強化しようと言う思惑があったのでしょう。
宇宙の創造
マルドゥクは黄道十二宮を定め、各宮を三つに分け、計36の星座に分割します。
黄道十二宮の星座
全天を十度を単位とした座標にして、そこを運行する太陽の位置をもとに新年、月初が決められました。これが暦の基本となって『ニサン』と言う名で呼ばれました。
ニサンの月の第一日がフンガ星(牡牛座のα星)が見え始めた時と決められていて、現代でいう春分の日の頃に当てはまります。
そして、日時に関しては太陽の動き、日次と月次は月の動きで決められており、非常に精度の高い太陽太陰暦でした。
木星ネビル
粘土板の中で木星ネビルは『マルドゥク』の別名として一番最後に挙げられているのは非常に興味深い点です。
「(かれは)ネビル、かれが天地の(境目の)渡り場をがっちり掌握 しているように。
上へまた下へ渡れないなら、いつもかれに 尋ねてみるがいい。
ネビル(木星)はかれが空に煌めかせた、かれの星
かれの名は渡り場(ネビル)であれ
ギリシャのゼウス ローマのジュピター はの木星を意味しています。
全宇宙支配を印象付ける
『マルドゥク』は『アヌ』と『エンリル』と『エア』と言うかつての神々の上に君臨することになります。
『アヌ』には天の赤道を中心に太陽など他の惑星が運行する天の高い部分を。
『エンリル』は北極星を中心として地上に観測される部分を。『エア』は南の天の部分を統治する領域として任命します。
マルドゥクが任命した3神はそれぞれかつての主神デリ、大気や気象など全てを司る神でしたがその上に君臨することで最高神となったことを強調します。
大地を作る
天の領域に続きティアマトの体の頭部を大きな山として、両眼をチグリス、ユーフラテスの二つの河の水源と定めます。
シュメール神話からの派生
エヌマエリシュに登場するアヌとエアはアンとエンキのことです。彼らはそれぞれが、都市を守る守護神として崇拝されていました。
シュメール神話にはエンキとニンフルサグが、『浄く輝く大地 ディルムン』に住む話があります。
おそらく、聖書の創世記の原型なのではないかと思われますが、そこには水がなかったのでニンフルサグがエンキに水を供給して穀物を豊富に生み出す様にと命じる場面があります。
豊穣をもたらすのはエンキでした。知の神エンキがそれまでの主役いわば、女神の時代から男神への交代が暗示されている様です。

実際、崇拝対象としてエンキの名前が上がってくるのがバビロニア神話の一つ『アトラハーシス物語』です。
この物語の中ではエンキが身分の低い神の血と肉に粘土を混ぜ人を創り出します。
エヌマエリシュの中でもエンキであるエアが人類を創造する役を担っています。
灌漑農業との関係
ウバイド時代にはすでに灌漑農業が行われていた様ですが、それ以前は乾燥地帯でありながら雨季には洪水に見舞われると言う過酷な環境を生きていました。
水路を整備したり井戸を掘ったりするためには多くの人出が必要ですし、管理体制を整えるべく政治権力や技術の向上は欠かすことができません。

ですから、豊穣をもたらしたとされるエンキやさらに古いアンは人々の崇拝対象として崇められたのは自然なことだったでしょう。
先に述べた通り、3神アン、エンリル、エンキはそれぞれが都市を守る神でした。同様にマルドゥクもバビロン地方の守護神でした。そこで、バビロンの統一や人民の掌握、他より一層優れたことを示す優位性などを誇示するために書かれたものなのかもしれません。
バビロニアの土壌問題
マルドゥクが守護神でqるバビロン地方は土壌の塩化という問題を抱えていました。
そこで、思い出して欲しいのは原初の海です。
国家の命綱とも言える農業によって穀物を得ることは、土壌の塩化を食い止めることにあるといっても過言ではありませんでした。
だからこそ塩水の神を退治する必要があったのではないでしょうか。
そのように年に豊穣をもたらすことで、統治するものとしての存在を誇示して行ったのだと思われます、
ジックラト
第Ⅴの 粘土板には最高神としての『マルドゥク』こそ全メソポタミアを統治するバビロンの王であって、全宇宙の秩序もマルドゥクが作ったものであると隠喩的に表現されています。
バビロンと言う名前自体に偉大な神々の家という意味があり、実際に巨大な建造物を建てる計画について述べられています。
Ⅺ粘土板では実際に、神々が煉瓦を作り神殿エ・サギラと巨大なジックラトが建造されたと書かれています。
そして、これが聖書の中の『バベルの塔』なのだと言われています。
